第7話 端切れは捨てるものではない
――下女お縫、七つ目の「工夫」
大奥の御用倉庫には、
反物の端切れが山のように積まれている。
「こんなもの、使い道なんてないよ」
「大黒屋の旦那が“捨てて構わん”って言ってたじゃないか」
「端切れなんて、貧乏長屋の子どもが遊ぶもんさ」
女中たちは笑いながら端切れを放り投げる。
だが、お縫はその山をじっと見つめていた。
(……もったいない。
この端切れ、どれも上等な布だ。
大黒屋が“余り物”として扱っているだけで、
本来なら金になる)
お縫は、ひとつひとつの端切れを手に取り、
布の質、色、柄を確かめた。
(絹の端切れ。
木綿の端切れ。
鹿の子、縞、無地……
組み合わせ次第で、いくらでも化ける)
そのとき、滝川お局が鼻で笑った。
「新参、何をしてるんだい。
そんなゴミを漁って……みっともないよ」
お縫は、へこへこと頭を下げた。
「も、申し訳ございません……
ただ、少し気になりまして……」
(はいはい、“無能な下女”の芝居ね。
でも――この端切れこそ、大黒屋の盲点)
お縫は、端切れを数枚抱えて洗濯場へ戻った。
針と糸を取り出し、
端切れを組み合わせて縫い始める。
(巾着。
帯飾り。
小さな袋物。
町娘たちが好む“粋な小物”は、
大きな布を必要としない)
夕刻。
お縫は、完成した小物を女中たちにそっと見せた。
「……なにこれ」
「かわいい……!」
「この色合わせ、町で流行ってるやつじゃないか!」
お縫は控えめに微笑んだ。
「端切れを、少し縫い合わせただけでございます」
「すごいよ! これ、売り物みたいだよ!」
「私も欲しい!」
「私にも作って!」
女中たちが群がり、
お縫の小物は一瞬で“人気商品”になった。
その噂は、
すぐに各御殿へ広がった。
「お美代の方様の御殿で、
端切れの小物が流行っているらしいぞ」
「粋で、軽やかで、色合わせが見事だとか」
「大黒屋の重たい刺繍より、
よほど洒落ていると評判だ」
滝川お局の顔がみるみる青ざめる。
「な、何だって……!?
端切れごときが……大黒屋の品より……?」
そのとき――
廊下の向こうから、静かな足音がした。
勘定吟味役・水野。
「端切れの小物が流行していると聞いた。
……お前の仕業だな」
お縫は、へこへこと頭を下げた。
「い、いえ……皆様が喜んでくださっただけで……」
水野は、小物を手に取り、
光に透かして見た。
「布の質を見極め、
色を合わせ、
無駄を生かす。
……商家の娘の仕事だ」
お縫の胸がひやりとした。
(この人は、本当に“見抜く”)
水野は続けた。
「大黒屋は、端切れを“捨てる物”と決めつけている。
だが、お前はそれを“価値”に変えた。
……利権の根元を揺るがすのは、
こういう小さな工夫だ」
滝川は悔しさに震えた声で叫んだ。
「端切れなんて……!
そんなものが流行ってたまるか!」
だが、女中たちの声がそれをかき消した。
「お縫の小物、もっと作って!」
「色違いも欲しい!」
「大黒屋の重たい刺繍より、
こっちの方がずっと粋だよ!」
滝川は唇を噛みしめた。
「……覚えておきな、新参。
あんた、本当にただでは済まないよ」
お縫は深く頭を下げたまま、
前髪の奥で静かに笑った。
(端切れの価値を知らない大黒屋。
その“資源支配”は、今日で終わり)
――お縫の“工夫”は、
大奥の経済そのものを揺さぶり始めていた。
(第8話へ続く)




