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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【大奥算術編 ―沈む織江屋、立つ少女―】

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第5話 色は薄いほど、粋になる

――下女お縫、五つ目の「工夫」


大奥の奥庭では、

女中たちが色とりどりの反物を広げ、

「今年の流行色」を巡って口々に騒いでいた。


「やっぱり大黒屋の“深紅”が一番よ」


「馬鹿言うんじゃないよ。“濃けりゃ良い”なんてのは田舎者の考えさ」


「でも、上様のお側室方は皆、濃い色をお召しだよ?」


ぬいは、少し離れた場所からそのやり取りを聞いていた。


(……濃い色が“贅沢”とされるのは、

 染料が高いから。

 でも――江戸の町では、もう違う)


お縫は、反物の端を指先でつまんだ。

大黒屋の深紅は、確かに鮮やかだ。

だが、どこか重い。

光を吸い込みすぎて、着る者の顔色まで沈ませる。


(町娘たちは、もっと軽やかな色を好む。

 薄く、淡く、重ねて生まれる“揺らぎ”。

 それが、今の江戸の粋)


そのとき――

滝川お局が鼻で笑った。


「新参、あんたには分からないだろうけどね。

 大奥では“濃い色”が上等なんだよ。

 薄い色なんて、貧乏人の着るものさ」


お縫は、へこへこと頭を下げた。


「も、申し訳ございません……」


(はいはい、“無能な下女”の芝居ね。

 でも――その思い込み、壊させてもらうよ)


お縫は、洗濯場の隅に置かれた染め桶へ向かった。

そこには、使い残しの紅花の染料が沈んでいる。


(紅花は、薄く重ねるほど美しい。

 一度で濃く染めようとするから、

 色が“べったり”してしまう)


お縫は、染料をひとすくい取り、

水でそっと薄めた。


(まずは一度。

 乾いたら、もう一度。

 重ねるたびに、色が深みを増す)


お縫は、端切れの布を染めては干し、

また染めては干した。


三度目の重ね染めを終えたとき――

布は、淡い桜色の奥に、

ほのかな紅が揺らめくような色になっていた。


「……よし」


お縫は、その布を滝川の前に差し出した。


「お局様。

 こちら、紅花を薄く重ねて染めたものでございます」


滝川は鼻で笑った。


「薄いじゃないか。

 こんな色、誰が着るんだい」


だが、周囲の女中たちがざわついた。


「……綺麗」


「なんだろう、軽やかで……目が離せない」


「深紅より、こっちの方が上品じゃない?」


滝川の顔が引きつる。


「な、何を言ってるんだい!

 こんな薄い色――」


そのとき、

背後から静かな声がした。


「……良い色だ」


振り返ると、

勘定吟味役・水野が立っていた。


「紅花は、薄く重ねるほど美しい。

 町方では“揺らぎの紅”と呼ばれ、

 今、最も人気の色だ」


滝川の顔が青ざめる。


「そ、そんな……!」


水野は、お縫の染めた布を手に取り、

光に透かして見た。


「濃い色は、金をかければ誰でも出せる。

 だが――

 薄い色に深みを持たせるのは、

 “工夫”と“見立て”がなければできぬ」


お縫は、静かに頭を下げた。


(そう。

 贅沢は“金”で作れる。

 粋は“工夫”でしか生まれない)


水野は滝川に向き直った。


「大奥の流行は、

 大黒屋の都合ではなく、

 “美しさ”で決まるべきだ」


滝川は悔しさに唇を噛んだ。


「……覚えておきな、新参。

 あんた、ただでは済まないよ」


お縫は、深く頭を下げたまま、

前髪の奥で静かに笑った。


(濃い色の利権。

 これでひとつ、崩れたね)


――お縫の“工夫”は、

大奥の美意識そのものを揺さぶり始めていた。


(第6話へ続く)

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