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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【大奥算術編 ―沈む織江屋、立つ少女―】

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第3話 廊下が混みすぎている

――下女お縫、三つ目の「工夫」


大奥の昼餉ひるげは、戦である。

広い御殿のあちこちへ膳を運ぶため、

配膳係の女中たちが廊下を行き交い、

そのたびに怒号とため息が飛び交う。


「ちょっと! ぶつかるよ!」


「そっちが避けなさいよ!」


「滝川様のお膳が冷めちまうじゃないか!」


ぬいは、膳を抱えたまま立ち止まった。

廊下は人で溢れ、まるで市中の縁日のようだ。


(……多すぎる。

 配膳係が、どう考えても多すぎる)


お縫は、廊下の幅、曲がり角の位置、

人の流れを静かに観察した。


(この人数では、ぶつかって当然。

 それに――)


お縫の視線が、

妙にきょろきょろと周囲を見回す女中に止まった。


(あれは……“働き手”の動きじゃない。

 “見張り”の動きだ)


大黒屋が送り込んだ間者。

御殿の噂や動きを探るため、

配膳係に紛れ込ませているのだ。


(この混雑は、偶然じゃない。

 “余計な人間”が多すぎる)


そのとき――


「おい、新参! 何を突っ立ってるんだい!」


滝川お局の声が飛ぶ。

お縫は慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ございません……!」


(はいはい、“無能な下女”の芝居ね。

 でも――この混雑、何とかしないと)


お縫は、配膳の順路を思い返した。

御殿の構造は複雑だが、

商家の帳場で鍛えた“間取りの読み”は得意だった。


(この廊下を通る必要はない。

 裏手の細い通路を使えば、

 半分の距離で済むはず)


お縫は、膳を抱えたまま、

そっと裏手の通路へ回り込んだ。


そこは、誰も使っていない静かな廊下。

埃はあるが、通れないほどではない。


(やっぱり。

 ここを使えば、ぶつかることもない)


お縫は、膳を無事に届けると、

戻り道で廊下の“最短の筋”を頭の中で描いた。


(この道と、この角を繋げば……

 最短の“筋”ができる)


そのとき――

背後から静かな声がした。


「……またお前か」


振り返ると、

勘定吟味役・水野が立っていた。


「配膳の順路を変えたのは、お前だな」


お縫は、へこへこと頭を下げた。


「い、いえ……たまたま裏の通路を……」


水野は、廊下の幅や角度を見回し、

低く呟いた。


「たまたまで、この“筋”を見抜けるものか。

 ……商家の娘は、間取りに強いと聞くが」


お縫の胸がひやりとした。


(この人は、本当に“見抜く”)


水野は続けた。


「配膳係が多すぎる。

 大黒屋が紛れ込ませた間者が、

 この混雑に紛れて動いている」


お縫は、静かに頷いた。


「……そうかもしれません」


「お前の通った裏手の通路を“正式な順路”にすれば、

 余計な者は要らなくなる。

 間者も炙り出せる」


水野の目が、わずかに笑った。


「お前の“工夫”は、大奥を変える力がある。

 ……協力してほしい」


お縫は、深く頭を下げた。


(この人は、私を“駒”として見ている。

 でも――それでいい。

 大黒屋を倒すには、この人の力が必要だ)


その日の夕刻。

新しい配膳順路が試験的に導入され、

廊下の混雑は嘘のように消えた。


「すごいよ! ぶつからない!」


「お膳が冷めないなんて初めてだよ!」


滝川お局は、悔しさを隠せない顔で言った。


「……まぁ、今日のところは褒めてやるよ」


お縫は深く頭を下げた。


だが胸の奥では、

静かに算盤が鳴っていた。


(洗濯場、炭、配膳。

 大奥の“無駄”は、まだまだある。

 ひとつずつ正せば――

 大黒屋の利権は、必ず崩れる)


――お縫と水野の“密かな協力”は、

この日から本格的に始まった。


(第4話へ続く)

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