第2話 炭の減りが早すぎる
――下女お縫、二つ目の「工夫」
大奥の冬支度は、何よりも火の回りから始まる。
その朝、御末たちの詰所では、
炭俵の前で女中たちが頭を抱えていた。
「また炭が足りないよ……!」
「昨日も追加を頼んだのに、大黒屋の納めが遅いんだとさ」
「このままじゃ、お美代の方様のお部屋が冷えちまうよ」
お縫は、俵の口からのぞく炭を見つめた。
形は悪くない。乾きも十分。
だが――
(……減りが早すぎる。
炭そのものの質じゃない。
“焚き方”が悪いんだ)
お縫は、囲炉裏の前にしゃがみ込み、
火の揺れ方をじっと観察した。
炎が片側に寄り、
空気の通り道が偏っている。
(炭は、風の通り道が肝心。
商家の冬支度で、何度も見てきた)
お縫は、そっと炭を組み替えた。
大きい炭を奥、小さい炭を手前。
その間に細い隙間をつくり、
空気が通る“道”を作る。
「おい、新参。何してるんだい?」
滝川お局が眉をひそめる。
「も、申し訳ございません……
少し、火の回りを整えようかと……」
「余計なことを――」
その瞬間、
囲炉裏の火がふっと安定し、
炎が静かに立ち上がった。
「……あれ?」
「火が強くなった……?」
女中たちがざわつく。
お縫は、控えめに頭を下げた。
「炭は、風が通らぬと無駄に燃えてしまいます。
こうして隙間を作ると、長持ちいたします」
滝川は鼻で笑った。
「そんなことで変わるもんかね」
だが、昼を過ぎても炭は減らなかった。
「すごいよ! いつもなら午の刻には追加してるのに!」
「お美代の方様のお部屋も、今日は暖かいって!」
滝川の顔が引きつる。
(大黒屋の炭利権。
“消費量が多い”ことを口実に、
余計な納品を押しつけていたんだろうね)
そのとき――
背後から静かな声がした。
「……またお前か」
振り返ると、
黒い熨斗目姿の武士――
勘定吟味役・水野が立っていた。
「炭の組み方を変えただけで、
ここまで持つものなのか?」
お縫は、へこへこと頭を下げた。
「い、いえ……田舎で教わりまして……」
水野は囲炉裏を覗き込み、
炭の配置をじっと見つめた。
「大きい炭を奥、小さい炭を手前……
風の通り道を作る……
なるほど、理に適っている」
お縫の胸がひやりとした。
(この人は……“見抜く”。
洗濯場のときと同じだ)
水野はお縫を見据え、低く言った。
「お前の“工夫”は偶然ではない。
商家の娘か?」
お縫は、わずかに目を伏せた。
「……ただの下女にございます」
水野はそれ以上追及せず、
囲炉裏の火を見つめながら呟いた。
「炭の減りが三割も違えば、
大奥全体の出費は大きく変わる。
……覚えておこう」
その言葉は、
お縫にとって“合図”のように響いた。
(この人は、数字で世を見ている。
なら――私の工夫は、必ず役に立つ)
滝川お局は、悔しさを隠せない顔で言った。
「……まぁ、今日のところは褒めてやるよ」
お縫は深く頭を下げた。
だがその胸の奥では、
静かに算盤が鳴っていた。
(洗濯場に続いて、炭。
大奥の“無駄”は、まだまだある。
ひとつずつ正せば――
大黒屋の利権は、必ず揺らぐ)
――お縫の工夫は、
大奥の奥深くへと、静かに広がり始めていた。
(第3話へ続く)




