第20話 物の値は、揺れねば嘘
――大奥構造改革編・断罪の一撃
御納戸の帳場。
お縫は、十年分の帳面を前に静かに座っていた。
「頭取様……
これ、本当に全部見るんですか……?」
若い女中が震える声で言う。
お縫は頷いた。
(……本多と御用達商人の“談合”。
その証拠は、数字の揺れに現れる)
(物の値は、年ごとに必ず揺れる。
豊作、不作、流行り廃り、天候……
揺れぬ数字は、作り物)
お縫は筆を取り、
帳面の端に小さく印をつけた。
「本日は“値の揺れ”を見ます」
「揺れ……?」
「どういうことでございますか?」
お縫は、淡々と説明した。
◆
「こちらをご覧ください」
お縫は、十年分の“布の仕入れ値”を並べた。
一年目:三分
二年目:三分
三年目:三分
四年目:三分
五年目:三分
六年目:三分
七年目:三分
八年目:三分
九年目:三分
十年目:三分
女中たちが息を呑む。
「……全部、同じ……?」
「十年も……?」
お縫は静かに頷いた。
「布の値は、
天候や流行りで毎年揺れます。
十年揺れぬなど、あり得ませぬ」
女中たちの顔色が変わる。
「じゃあ……
これは……?」
「談合でございます」
お縫は、淡々と告げた。
「値を揃え、
“高値のまま”売りつけていたのです」
◆
お縫は別の帳面を開いた。
「こちらは、油の値」
一年目:四分
二年目:四分
三年目:四分
四年目:四分
五年目:四分
「こちらは、紙の値」
一年目:二分
二年目:二分
三年目:二分
四年目:二分
女中たちは震えた。
「全部……揺れてない……」
「こんなこと、あり得ない……!」
お縫は、筆を置いた。
「物の値は、人の心と同じ。
揺れぬものは、作り物」
◆
夕刻。
水野が帳場に姿を見せた。
「本多が“値は変わらぬものだ”と喚いていたぞ」
お縫は静かに答えた。
「では、老中会議で伺いましょう。
“十年揺れぬ値”が、
果たして自然かどうか」
水野は笑った。
「お前の数字は、
逃げ道を許さぬな」
お縫は、前髪の奥で目を細めた。
(本多。
あなたの“商人との結託”は、
もう隠せません)
◆
翌日。
水野は、お縫のまとめた帳面を携え、
老中会議へ向かった。
お縫は御納戸で静かに待つ。
(数字は、嘘を許さぬ。
あとは、水野様の言葉で十分)
しばらくして――
水野が戻ってきた。
「……決まった」
お縫は静かに顔を上げた。
「本多は、
“御用達商人との談合”の罪にて、
免職・御家断絶」
女中たちが息を呑む。
「大黒屋は、
御用鑑札を剥奪。
商いは続けられぬ」
お縫は、深く頭を下げた。
「数字が語っただけにございます」
水野は、静かに言った。
「お前の数字は、
大奥を救った」
◆
その夜。
大奥は静かだった。
蝋燭の灯りが揺れ、
新しいガラス障子が柔らかく光を返す。
お縫は、
帳場の灯りを消しながら呟いた。
(本多。
あなたの“利権の城”は、
数字に崩された)
(大奥は、
もうあなたのものではない)
静かな夜風が、
お縫の頬を撫でた。
(第二部・完)




