第19話 数字は、嘘を許さぬ
――大奥構造改革編・外堀を埋める一撃
御納戸の帳場。
お縫は、積み上がった帳面を前に静かに座っていた。
「頭取様……
これ、全部“本多様の差配”で動いた帳面ですよ」
若い女中が震える声で言う。
お縫は頷いた。
(……第一部の頃から気になっていた。
“帳尻だけが合っている帳面”。
中身が伴わぬ数字は、必ずどこかで綻びる)
お縫は筆を取り、
帳面の端に小さく線を引いた。
「本日より、
“入れた金”と“出した金”を、
必ず二つに書き分けます」
「二つ……?」
「どういうことでございますか?」
お縫は、淡々と説明した。
◆
「金は、
“入った先”と“出た先”がございます。
入ったら“入れた欄”に、
出したら“出した欄”に。
この二つが揃わねば、
帳面は成り立ちませぬ」
女中たちは顔を見合わせた。
「そんな簡単なことで……
何が変わるんです?」
お縫は、にこりと微笑んだ。
「“幽霊物資”が消えます」
「幽霊……?」
「はい。
実際には届いていないのに、
帳面だけに載っている物のことです」
女中たちが息を呑む。
「そんなものが……
本当にあるのですか?」
お縫は、静かに頷いた。
「本多様の帳面には、
“入れた”と書かれているのに、
“出した”先が書かれていない物が多すぎます」
◆
お縫は帳面を開き、
女中たちに見せた。
「ここ。
“米三斗、入れた”とあります」
「はい」
「ですが――
“どこへ出したか”が書かれていない」
女中たちの顔色が変わる。
「では……
その米はどこへ?」
「分かりませぬ。
帳面が嘘をついているからです」
お縫は、筆を走らせた。
「ですが、
二つの欄に書かせれば――
嘘は必ず露わになります」
◆
夕刻。
水野が帳場に姿を見せた。
「お縫。
本多が“帳面の書き方を変えるな”と怒鳴っていたぞ」
お縫は静かに答えた。
「帳面は“大奥の金の流れ”を記すもの。
誰か一人の都合で書き換えるものではございません」
水野は笑った。
「お前の言い分は正しい。
老中にも通る理屈だ」
お縫は、前髪の奥で目を細めた。
(本多。
あなたの“帳面の魔法”は、
もう通じません)
◆
翌日。
女中たちが新しい帳面の書き方で記録を始めると――
「頭取様!
“入れた”と書かれているのに、
“出した”が空白の物が山ほどあります!」
「こちらもです!
“出した”と書かれているのに、
“入れた”が見当たりません!」
お縫は頷いた。
「それが“幽霊物資”です」
「じゃあ……
本多様は……?」
お縫は、静かに言った。
「数字は、
誰が嘘をついているかを、
雄弁に語ります」
女中たちは震えた。
「これ……
老中会議に出せば……?」
「はい。
本多様の“外堀”は、
これで埋まります」
◆
その夜。
水野が御納戸に戻ってきた。
「本多が“帳面を元に戻せ”と喚いていた。
だが、もう遅い」
お縫は、静かに目を細めた。
「帳面は、
大奥の真実を映す鏡。
曇らせることはできませぬ」
水野は頷いた。
「次は“商人の談合”だな。
お前の数字の刃が、
いよいよ本多の首を取る」
お縫は、前髪の奥で静かに微笑んだ。
(本多。
あなたの“金の流れ”は、
もう隠せません)
帳場の灯りが揺れ、
お縫の影が静かに伸びた。
(第20話へ続く)




