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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【江戸再興編 ―風と光を操る店―】

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第18話 夜のうちに、色は染まる

――大奥構造改革編・独占を壊す一撃


大奥の仕立場では、

女中たちがため息をついていた。


「また大黒屋の小袖が値上がりしたよ……」


「職人を囲い込んでるから、

 他の店じゃ染められないんだってさ」


「御台所様の夏小袖、どうするんだろうね……」


ぬいは、

その会話を静かに聞きながら、

一枚の布を指先で撫でた。


(……この布の織り目。

 水を吸う速さが一定なら――

 “夜のうちに染める”ことができる)


(毛細管の理。

 細い道を水が登る力。

 これを使えば、

 職人の手を借りずとも、

 美しいぼかし染めができる)


お縫の目が静かに光った。


お縫は水野を呼び出した。


「大黒屋の職人を使わず、

 小袖を染めたいのです」


水野は眉を上げた。


「また妙なことを言い出すな。

 どうやって染める?」


お縫は、布の端を持ち上げた。


「布の織り目のみつを見てください。

 ここから水を吸わせれば――

 “勝手に色が登っていく”のです」


水野は目を細めた。


「……毛細の理か。

 だが、そんなもので綺麗な染めができるのか?」


お縫は、にこりと微笑んだ。


「できます。

 あとは“置いておく時間”を間違えなければ」


お縫は、染め場に大きな桶を用意した。


桶の底には、

薄いあいの染料。


その上に、

布の端をそっと浸す。


「これで……?」


「本当に染まるのかい……?」


女中たちは半信半疑だった。


お縫は、布の織り目を指で示した。


「この布は、

 水を“ゆっくり吸う”ように織られています。

 夜のうちに、

 染料が少しずつ登っていきます」


「登る……?」


「はい。

 細い道を水が勝手に登る力――

 “毛細の力”でございます」


女中たちは息を呑んだ。


「では、あとは……?」


「夜明けまで、触らずに置いておきます」


翌朝。

女中たちが染め場に駆け込んだ。


「……お縫様!

 見てください!」


布は、

夜の間にゆっくりと染料を吸い上げ、

見事な 段々染め《だんだんぞめ》(=現代で言う“グラデーション”) を描いていた。


「な、なんて綺麗……!」


「職人が染めたみたいだよ!」


「いや……

 職人でも、ここまで均一には染められないよ……!」


お縫は静かに頷いた。


「布の織り目と、

 染料の濃さと、

 置いておく時間――

 それだけでございます」


女中たちは震える声で言った。


「大黒屋の職人がいなくても……

 小袖が作れる……?」


「はい。

 大奥の手で、いくらでも」


御台所が染め上がった布を手に取り、

目を見開いた。


「……これは……

 夜のうちに染めたのですか?」


「はい。

 布が自ら色を吸い上げました」


御台所は深く頷いた。


「大黒屋に頼らずとも、

 これほどの美が生まれるのですね……」


お縫は静かに答えた。


「美しさは、

 職人の独占に縛られませぬ。

 工夫があれば、

 どこにでも生まれます」


その夜。

水野が御納戸に戻ってきた。


「大黒屋が“職人の手間賃が入らない”と騒いでいた。

 囲い込んだ職人たちも、

 仕事が減って困っているらしい」


お縫は、静かに目を細めた。


「夜のうちに染まるのです。

 職人の手間は、もう要りません」


水野は笑った。


「お前の工夫は、

 贅沢の象徴すら“仕組み”で作り替える。

 本多の“国内の逃げ道”も、

 これで潰えたな」


お縫は、前髪の奥で静かに微笑んだ。


(本多。

 あなたの“最後の誇り”も、

 これで終わりです)


染め上がった布が、

朝の光を柔らかく返していた。


(第19話へ続く)

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