第14話 米は“回す”ものにて
――大奥構造改革編・流通の要を握る
御納戸の裏手にある米蔵は、
朝からざわついていた。
「また米が傷んでるよ……」
「虫が湧いてる。これじゃ使えないよ」
「捨てるしかないねぇ。もったいないけど」
お縫は、
その光景を静かに見つめた。
(……“大俵”を開け閉めするたびに湿気が入り、
虫も湧く。
そして“腐ったから捨てた”と称して横領する――
本多派の役人たちの常套手段)
お縫は、米蔵の帳面を開いた。
(入荷は月に一度。
消費は毎日。
なら――“回す”しかない)
◆
お縫は、米蔵の役人たちを集めた。
「本日より、米の扱いを改めます」
「扱い……?」
「どういうことだ、頭取様」
お縫は、淡々と告げた。
「大俵は“御納戸の鍵付き倉”に移します。
開封は十日に一度のみ。
その場で“小分け俵”に詰め替え、
米蔵には“小分け俵だけ”を置きます」
役人たちがざわつく。
「そ、そんなことをしたら……
大俵の在庫が見えなくなる……!」
「いや、逆だよ……
御納戸の目の前で詰め替えられたら……
横領のしようが……!」
お縫は、にこりと微笑んだ。
「大俵を開ける回数が減れば、
湿気も虫も入りません。
小分け俵は密閉されておりますゆえ、
腐りもいたしません」
役人たちの顔色が変わった。
◆
お縫は、米蔵の前に立ち、
女中たちに声をかけた。
「皆様。
昨日の夕餉の残りは、どれほどでしたか?」
「ええと……一升ほどです」
「では、今日の昼餉は?」
「二升半ほどかと」
お縫は、指を折って計算した。
「では――
一日に使う米は“三升半”。
十日で“三斗五升”。
これを基準に、
“十日ごとに大俵を一度だけ開け、
必要量だけ小分けにする”形にいたします」
女中たちが息を呑む。
「そんな……
そんな細かい算段、どうやって……?」
お縫は、静かに微笑んだ。
「算盤がございます」
◆
翌日から、米蔵は一変した。
大俵は御納戸の鍵付き倉に移され、
開封は十日に一度だけ。
米蔵には、
小分け俵が整然と並んだ。
「虫が湧かない……!」
「腐らない……!」
「大俵を開け閉めしないから、湿気も入らないんだね!」
役人たちは青ざめていた。
「こ、これでは……
“腐ったから捨てた”と言えなくなる……!」
「大俵の中身も、御納戸の目の前で詰め替えられたら……
横領の余地が……!」
お縫は、淡々と告げた。
「米は“回す”もの。
溜め込むから腐るのです。
腐らねば――横領もできません」
役人たちは言葉を失った。
◆
夕刻。
水野が米蔵を見に来た。
「……見事だな。
本多派の役人が“米が減らない”と騒いでいた」
お縫は、静かに頭を下げた。
「大俵は御納戸の鍵の下。
小分け俵は密閉。
虫も腐りも、入り込む隙がございません」
水野は、わずかに笑った。
「お前の工夫は、
“金の流れ”を変える力がある。
本多が焦るのも当然だ」
お縫は、前髪の奥で目を細めた。
(本多。
あなたの“横領の道”は、これで閉ざされました)
米蔵の空気は、
どこか清々しく澄んでいた。
(第15話へ続く)




