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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【江戸再興編 ―風と光を操る店―】

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第13話 声の大きさではなく、要緊の順にて

――大奥構造改革編・制度改革の幕開け


御納戸おなんどの帳場に、

朝から女中たちの声が飛び交っていた。


「うちの部屋のふすま、もう限界なんだよ!」


「いやいや、こっちの畳のほうが先だよ!」


「お局様の部屋は最優先に決まってるだろう!」


修繕願いが山のように積まれ、

誰もが自分の部屋を先に直せと騒いでいる。


ぬいは、

その喧騒の中心に静かに立った。


(……これでは、いくら金を積んでも足りない。

 声の大きい者が得をし、

 本当に困っている部屋が後回しになる)


お縫は帳場の机に、

一枚の紙を広げた。


「皆様。

 本日より修繕は“声の大きさ”ではなく、

 “要緊の順”にて決めさせていただきます」


「要緊……?」


「何を言い出すんだい、頭取様」


お縫は、淡々と説明を始めた。


「壊れ方、

 日々の務めへの差し障り、

 怪我の恐れ――

 この三つを見て、

 修繕を三つに分けます」


筆が紙の上を走る。


一:至って要緊、すぐに直さねばならぬ所


二:早めに手を入れた方がよい所


三:直さずとも務めに差し障りなき、贅沢の類


「まずは“一”から順に直します。

 “二”はその後。

 “三”は、余裕があれば、でございます」


お局たちがざわつく。


「ちょ、ちょっと待ちな!

 うちの部屋は“三”って書いてあるよ!」


「畳が少し日焼けしてるんだよ!?

 これは“一”だろう!」


お縫は、にこりと微笑んだ。


「日焼けは“務めに差し障り”がございません。

 一は――」


お縫は紙を指で叩いた。


「廊下の床板が抜けかけている部屋。

 ここは怪我人が出ます。

 最優先です」


女中たちが息を呑む。


「……確かに」


「うちの部屋より、あっちが先だね」


「こうして書き分けられると、

 文句は言えないね……」


お縫は静かに頷いた。


「皆様の“声”ではなく、

 “大奥全体の務め”のために決めさせていただきます」


だが、ひとりだけ納得しない者がいた。


滝川お局。


「頭取様。

 あんたのやり方は“冷たすぎる”よ。

 大奥は“情”で回るものだよ」


お縫は、深く頭を下げた。


「情は大切に存じます。

 ですが――

 “情”で決めた結果、

 危ない部屋が放り出されてきたのも事実」


滝川の眉がぴくりと動く。


「壊れ方は、見れば分かります。

 務めへの差し障りも、歩けば分かります。

 怪我の恐れも、足を取られれば分かります。

 それを紙に写しただけにございます」


その一言に、

場の空気が変わった。


その日の午後。

「一」と記された部屋から修繕が始まった。


床板が抜けかけていた部屋の女中が、

涙ぐみながらお縫に頭を下げた。


「頭取様……

 ずっと怖かったんです。

 でも、誰も聞いてくれなくて……」


お縫は、そっと肩に手を置いた。


「大奥は、皆で務めを果たす場所。

 危ない部屋を放っておくわけには参りません」


その姿を見て、

周囲の女中たちの表情が変わっていく。


「……頭取様は、本当に“見てくれてる”んだね」


「声の大きい人だけが得をする時代は終わったんだ」


「これからは、お縫様の時代だよ」


お縫は、静かに微笑んだ。


(現場の心は掴んだ。

 次は――“流れ”を変える)


夕刻。

水野が帳場に現れた。


「本多が怒鳴り込んできた。

 “修繕費が急に減ったのはどういうことだ”とな」


お縫は、淡々と答えた。


「壊れ方と務めへの差し障りを見て、

 要らぬ修繕を退け、

 本当に必要な所だけに費やした結果にございます」


水野は、わずかに笑った。


「お前の“見立て”は、

 敵にとって残酷だな」


お縫は、前髪の奥で静かに目を細めた。


(本多。

 あなたの“金の通り道”は、まだまだ細くなる)


帳場の灯りが揺れ、

お縫の影が静かに伸びた。


(第14話へ続く)

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