第13話 声の大きさではなく、要緊の順にて
――大奥構造改革編・制度改革の幕開け
御納戸の帳場に、
朝から女中たちの声が飛び交っていた。
「うちの部屋の襖、もう限界なんだよ!」
「いやいや、こっちの畳のほうが先だよ!」
「お局様の部屋は最優先に決まってるだろう!」
修繕願いが山のように積まれ、
誰もが自分の部屋を先に直せと騒いでいる。
お縫は、
その喧騒の中心に静かに立った。
(……これでは、いくら金を積んでも足りない。
声の大きい者が得をし、
本当に困っている部屋が後回しになる)
お縫は帳場の机に、
一枚の紙を広げた。
◆
「皆様。
本日より修繕は“声の大きさ”ではなく、
“要緊の順”にて決めさせていただきます」
「要緊……?」
「何を言い出すんだい、頭取様」
お縫は、淡々と説明を始めた。
「壊れ方、
日々の務めへの差し障り、
怪我の恐れ――
この三つを見て、
修繕を三つに分けます」
筆が紙の上を走る。
一:至って要緊、すぐに直さねばならぬ所
二:早めに手を入れた方がよい所
三:直さずとも務めに差し障りなき、贅沢の類
「まずは“一”から順に直します。
“二”はその後。
“三”は、余裕があれば、でございます」
お局たちがざわつく。
「ちょ、ちょっと待ちな!
うちの部屋は“三”って書いてあるよ!」
「畳が少し日焼けしてるんだよ!?
これは“一”だろう!」
お縫は、にこりと微笑んだ。
「日焼けは“務めに差し障り”がございません。
一は――」
お縫は紙を指で叩いた。
「廊下の床板が抜けかけている部屋。
ここは怪我人が出ます。
最優先です」
女中たちが息を呑む。
「……確かに」
「うちの部屋より、あっちが先だね」
「こうして書き分けられると、
文句は言えないね……」
お縫は静かに頷いた。
「皆様の“声”ではなく、
“大奥全体の務め”のために決めさせていただきます」
◆
だが、ひとりだけ納得しない者がいた。
滝川お局。
「頭取様。
あんたのやり方は“冷たすぎる”よ。
大奥は“情”で回るものだよ」
お縫は、深く頭を下げた。
「情は大切に存じます。
ですが――
“情”で決めた結果、
危ない部屋が放り出されてきたのも事実」
滝川の眉がぴくりと動く。
「壊れ方は、見れば分かります。
務めへの差し障りも、歩けば分かります。
怪我の恐れも、足を取られれば分かります。
それを紙に写しただけにございます」
その一言に、
場の空気が変わった。
◆
その日の午後。
「一」と記された部屋から修繕が始まった。
床板が抜けかけていた部屋の女中が、
涙ぐみながらお縫に頭を下げた。
「頭取様……
ずっと怖かったんです。
でも、誰も聞いてくれなくて……」
お縫は、そっと肩に手を置いた。
「大奥は、皆で務めを果たす場所。
危ない部屋を放っておくわけには参りません」
その姿を見て、
周囲の女中たちの表情が変わっていく。
「……頭取様は、本当に“見てくれてる”んだね」
「声の大きい人だけが得をする時代は終わったんだ」
「これからは、お縫様の時代だよ」
お縫は、静かに微笑んだ。
(現場の心は掴んだ。
次は――“流れ”を変える)
◆
夕刻。
水野が帳場に現れた。
「本多が怒鳴り込んできた。
“修繕費が急に減ったのはどういうことだ”とな」
お縫は、淡々と答えた。
「壊れ方と務めへの差し障りを見て、
要らぬ修繕を退け、
本当に必要な所だけに費やした結果にございます」
水野は、わずかに笑った。
「お前の“見立て”は、
敵にとって残酷だな」
お縫は、前髪の奥で静かに目を細めた。
(本多。
あなたの“金の通り道”は、まだまだ細くなる)
帳場の灯りが揺れ、
お縫の影が静かに伸びた。
(第14話へ続く)




