第11話 頭取お縫、最初の一手は「水」
――大奥構造改革編・開幕
御納戸の頭取に就任したお縫は、
朝の光が差し込む御用場に立ち、
静かに深呼吸をした。
(……ここからが本番。
工夫で大奥を変える。
そのためには、まず“現場の心”を掴まねばならない)
だが、周囲の空気は冷たかった。
「頭取って言っても、若造じゃないか」
「織江屋の娘だって? 商家上がりが大奥を仕切れるのかね」
「水野様に取り入っただけだろうさ」
古参の女中たちが、
わざと聞こえるように囁く。
お縫は、へこへこと頭を下げた。
「ご指導いただければ幸いにございます……」
(はいはい、“無害な新参”の芝居ね。
でも――最初の一撃は、もう決めてある)
◆
夏の大奥は、井戸水が濁りやすい。
女中たちは毎朝、桶を覗いては顔をしかめていた。
「今日も濁ってるよ……」
「これで顔を洗うのかい? 肌が荒れるよ」
「お腹を壊す子も出てるって話だよ」
お縫は、桶の水をすくい、
光に透かした。
(鉄分、泥、藻……
原因は単純。
なら、解決も単純)
お縫は、御納戸の倉庫から
炭と砂と布を持ち出した。
「な、何をするつもりだい?」
古参の女中が眉をひそめる。
お縫は、にこりと笑った。
「少しばかり、工夫を」
◆
桶の上に布を敷き、
その上に砂を薄く広げ、
さらに炭を砕いて重ねる。
「そんなもので水が綺麗になるわけ――」
女中の言葉が途中で止まった。
濁った水が、
布と砂と炭を通り抜けるたびに
透明度を増していく。
ぽたり、ぽたり。
滴り落ちる水は、
まるで湧き水のように澄んでいた。
「……え?」
「なにこれ……綺麗……!」
「お縫様、これ、どうやったんですか!?」
お縫は、控えめに頭を下げた。
「炭には“吸い取る力”がございます。
砂は“濾す力”。
ただ重ねただけでございます」
女中たちがざわつく。
「お縫様の水で顔を洗ったら、すべすべだよ!」
「お腹を壊してた子も、これなら大丈夫だ!」
「頭取様、すごい……!」
さっきまで冷たかった視線が、
一気に熱を帯びる。
(まずは“実利”。
これで現場の心は掴める)
◆
その日の夕刻。
水野が御納戸に姿を見せた。
「お縫。
“高級名水の仕入れ”が止まったと、本多が騒いでいる」
お縫は、静かに微笑んだ。
「大奥の水は、井戸で十分にございます。
余計な出費は、もう不要かと」
水野は、わずかに口元を緩めた。
「……初手から利権を潰すとはな。
頭取としての覚悟、確かに見た」
お縫は深く頭を下げた。
(本多。
あなたの利権は、ここから順に消えていく)
大奥の水が澄んだその日、
お縫の“改革”は静かに動き出した。
(第12話へ続く)




