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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【大奥算術編 ―沈む織江屋、立つ少女―】

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第10話 端切れの究極小袖

――下女お縫、最後の「工夫」


大奥の御広敷おひろしきは、

朝から異様な緊張に包まれていた。


「今日は、将軍家御台所みだいどころ様の御前で、

 大黒屋の新作小袖が披露されるらしいよ」


「大黒屋の旦那、相当気合いを入れてるって話だ」


「でも……最近は、お縫の工夫の方が評判だよね」


女中たちの囁きが、

ぬいの耳に静かに届く。


(……今日が“決着”の日)


大黒屋は、

洗浄、炭、配膳、季節、染め、刺繍、端切れ、香り――

すべての利権を揺さぶられ、

もはや後がない。


(最後に残ったのは、“格式”という名の虚勢。

 なら――その虚勢ごと、ひっくり返す)


お縫は、

倉庫の片隅で大切に包んでいた小袖を取り出した。


端切れ。

薄染め。

軽やかな縫い。

忍び香。

暖簾で学んだ重ねの工夫。


これまで積み上げてきた“工夫”すべてを、

一着に込めた。


(これが、私の“究極の小袖”)


御台所の御殿には、

大奥の重役たちがずらりと並んでいた。


滝川お局は、

大黒屋の豪華絢爛な小袖を抱え、

勝ち誇った顔をしている。


「さぁ、新参。

 あんたの端切れ細工なんて、

 今日で終わりだよ」


お縫は、静かに頭を下げた。


(終わるのは――あなたたちの方)


御台所が入室し、

披露が始まった。


まずは大黒屋の小袖。

金糸がぎっしり、

色は濃く、

重く、

動けば軋む。


「……重いな」


御台所の一言で、

場の空気が揺れた。


滝川が慌てて取り繕う。


「こ、これぞ格式にございます!」


だが、御台所は興味を示さない。


「次を」


お縫は、

静かに小袖を広げた。


淡い桜色の揺らぎ。

端切れを重ねたとは思えぬ調和。

軽やかで、風が通るような仕立て。


御台所の目が、わずかに見開かれた。


「……これは?」


お縫は深く頭を下げた。


「端切れを重ね、

 薄く染め、

 軽く縫い、

 香りを忍ばせました。

 すべて、大奥で余っていた物でございます」


ざわめきが広がる。


「端切れ……?」


「余り物で……?」


御台所は、小袖を手に取り、

光に透かした。


「……美しい。

 軽やかで、粋で、

 着る者を引き立てる」


滝川の顔が真っ青になる。


「そ、そんな……!」


そのとき――

静かな足音が響いた。


勘定吟味役・水野。


「御台所様。

 大黒屋の不正について、

 証しがございます」


場が凍りつく。


水野は、

大黒屋と本多役人が結託し、

納めを遅らせ、

値を吊り上げ、

粗悪品を混ぜていた証文を差し出した。


「大奥の出費を食い物にし、

 利権を貪っておりました」


御台所の表情が、

静かに、しかし確実に冷たくなる。


「……大黒屋、本多。

 即刻、御役御免。

 吟味にかけよ」


滝川が悲鳴を上げた。


「ま、待ってくださいまし!

 この新参が……!」


御台所は、お縫を見た。


「お前の名は?」


お縫は深く頭を下げた。


「お縫にございます」


「よくぞ、大奥の歪みを正した。

 これからも、

 その目で“無駄”を見抜け」


お縫の胸が、静かに熱くなる。


(……これで、織江屋の仇は取れた)


水野が、お縫の横に立った。


「お縫。

 これからも力を貸してくれ。

 大奥は、まだ変われる」


お縫は、静かに微笑んだ。


「はい。

 私にできることなら、いくらでも」


――こうして、

大奥の利権は崩れ、

お縫と水野の“静かな改革”は、

新たな幕を開けた。


(第一部・完)

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