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○公平なる審判○

そして最後の滅びの時は静かに訪れた。

まるで優しく囁くように、静かな風が通り過ぎるように…――

ごくごく変わらぬ日常のように……―――


罪深き、由々しき黒い魂を刈り尽くした死を(まと)う狩り人が、ゆらりと動き出し、次なる標的を、清まる魂へと向けたのだ。死を纏う狩り人は、一切の感情を投げ棄てた、魂を持たない人形にすぎない。


殺戮を繰り返す使命を遂行する為に存在すうるものが、清まる魂を保つ子らの喉元に、静かに、残酷に、大胆に大鎌を突きつける。


しかし彼らは清まる魂の子ら。その魂が久遠の罪と罰に(まみ)れた鎖に繋がれていようと、正しき純粋なる魂を保つ子らの、(まこと)清まる魂だ。


腐る器を持ちつつ、悪行に目を瞑り、誤りに沈黙し、欲望に塗れ、自己私欲の為に同族を(そそのか)し、犯し、(もてあそ)び、必要とあらば魂さえも奪い取る、盗人たる黒く穢れた魂ではない。


その清まる魂を狩るのに、幾許の(おそ)れや(あわ)れみ、慈悲は存在し得ないのだろうか。


だが、狩り人にしたら、魂を刈ることは至極当然で、足下に転がる石ころを蹴り上げるように、ごく有り触れた行いに他ならない。例えるなら、人が食す為に()の魂を奪う行いと大差ない。


はたして人が食す為、他の命を奪うのに、どのような躊躇(とまど)いを抱くのか。その作業に携わる始末する人らが、食用とする生ける魂の喉を掻き切るのに、一々(いちいち)許しを乞い、慈悲をかけ、憐れみを抱くだろうか。


答えは、否である。


始末する人らが食すものの魂を奪うのは至極当然で、普遍的(ふへんてき)な権利として喉を掻き切る。

食すものを育てる人らもそうであろう。


我が子のように愛情を注ぎ、丹精(たんせい)込めて育てたとしても、それは食す為に育てたのであり、それが自らの利益と、生きる為となれば、魂を奪う事を承諾し、始末する人らに任せるのだ。


そして与えられる人らもまた同罪である。


その肉を、財産と普遍的な権利として行使し、手に入れ、食すのだ。元の形を目にせずに口にするのだから、憐れむ道義心も薄く、尚更その罪は軽くはないだろう。


そう、狩り人も同じ理屈で清まる魂を狩る。

人は普遍的存在に育てられた普遍的な者である。

故に、掻き切られるのも、普遍的に至極当然だ。


狩り人に慈悲と云う感情は存在しない。そこに狩る魂が存在し、育てた御方の御意思とあらば、ごく自然に、普遍的な権利を掲げ、一寸も迷うことなく大鎌は引かれる。


そうして清まる魂は、絶対なる普遍的捕食者により、次々と捕食されてゆく。


人は多かれ少なかれ浅く深く罪を犯す。人が食すために、他の魂を奪うのもしかり、故にこの事柄もやはり普遍的で、永久に変わらぬ事柄であり、また、”戒め”である。


狩り人が見ることが許された風に、風の旋律を求める。それは、


ショパン『華麗なる大円舞曲』


明るく華やかな曲調。風が吹き、風の調べに任せて死を纏う狩り人が華麗に舞う。柔らかく、抒情的な美しい旋律が奏でられ、ワルツ特有のリズムを刻みながら、次々と首をはねてゆく。


清まる魂をはぎ取られた依り代たる器が、バタバタとその場に倒れ込み、蒼い炎に侵蝕(しんしょく)去れて逝く。蒼い炎は誰彼構わず、その場にいた人ら総てを、平らに、公平に焼いたのだ。善も悪も、清いも穢れもない。総ての人らに全く同じく平らに、


”公平なる審判”を下したのだ。


だが、見よ。清まる魂の依り代である牢獄たる不完全なる器の顔を―――魂が罪と罰に(まみ)れた鎖に繋がれようと、彼らの顔は、愚かな大罪人たる人らのそれではない。


消滅する恐怖に脅え、震え上がり、悔やみ、懇願し、啼泣(ていきゅう)し、醜く歪んで逝く面構えではない。自らの意思で、久遠の罪と、久遠の懺悔を受け入れ、粛々とこなすの子らの面持ちだ。


だが、正しき魂を持ち得ても、幼子には、燃え盛る蒼い炎に包まれ、ばたばたと倒れ込む人らを見て、変わらぬ滅びが、今真に個の身に迫り来ると云うのに、おいそれとは受け入れられるものではない。


その裁きは拒絶することを決して許さぬ、購いであり、対価であり、運命(さだめ)なのだ。


戸惑い、畏れ、震え上がるのも無理は無い。その表情は引きつり、ぼろぼろと止めどなく流れる恐怖の涙で、汚く薄汚れている。


無邪気故に愚かで、無知で拙く、包み隠す事を知らない未熟者なのだ。その愚直さ故に、不憫な幼子は、見守るべき魂であり、毅然として愛するべき存在なのだ。


其の愚かな幼子は、ウサギを立派な貴族のお子の様だと云った、あの小僧であった。


少女は屈み込み、小僧と目を合わせると、其の幼き顔に両の手を優しく添え、其の幼き顔の頬に柔らかなキスをした。


「畏れないでよいのよ。貴方は解放されるのです。これは貴方から至高者への、貢ぎ物であり購いなのよ。そして貴方は忌まわしき罪から、輪廻の苦しみから、真、救われるのです」


だが、小僧の顔は汚く汚れたままであった。そして少女の目の前で小僧の頭に流星は落ち、哀れな小僧は汚れた顔のまま蒼い炎に包まれた。


果たして少女は顔を背け、小僧の顔を終いまで直視できず、短い終わりを看取ることはできなかった。


炎に包まれる小僧のすぐ横で、蒼い炎に包まれ座り込む一人の男が、宇宙(そら)に向かい手を伸ばした。彼は何かを受け取り、そっとその腕に抱いた。撫でる仕草をして嬉しそうにそっと優しく微笑む。


見よ、彼は違いなくその腕の中に、遠い昔に可愛がっていた愛猫を抱き、その頭を愛おしそうに撫でているのだ。愛猫は目を細め、嬉しそうに喉を鳴らし彼に甘えている。彼は愛猫の喉を(くすぐ)りながら、誰かに呼ばれた気がしてふと頭を上げた。


途端に光る一筋の涙が、男の頬を伝った。


ミチ――ああ、君は、変わらず笑っているんだね――… どんなに苦しくても、どれほど辛くても、僕らの前では決して弱音を吐かず、いつでも笑顔で接してくれいたよね――…


そう、悲鳴を上げても不思議ではないほどに、酷く痛く、苦しい、重い病に侵され、身体が蝕まれているというのに―――……


でも、君はずるいよ。残し見送られるのも辛いけど、同じく、残され見送る辛さもあるんだよ。だけど君は来てくれた。僕は、もう、見送るのが――とても、耐え難いほどに――辛いんだ―――……


彼に癒やしを与えているのは方舟である。

銀河という名のエデンへと導く、方舟に他ならないのだ。


正しき路を歩んだ人らの路に立つのは、信頼と信念を共にし、心から信じ、痛みや傷み、苦しみや哀しみ、全てを共有した真の同志である。


彼の顔に記されるのは、虞れや苦しみではなく、穏やかで、悦びに満ちあふれ、苦難を乗り越え、光明を見いだした人らの顔であり、記である。


そして(くう)を掴むように掲げた彼の手が、弱々しく、ゆっくりと落ちた。同時に崩れ落ち、見開かれた目もゆっくりと閉じられた。


蒼い炎に焼かれながら、彼はその魂を狩り人に捧げたのだ。


自然と少女の目から、流星のように一筋の涙が流れた。その涙の意味を少女は知り得るのだろうか。ただ、この涙は悔やみ、痛み、哀しみ、畏れからくるものではなく、尊く、気高い光景を目にした時に流れるのだと、そう、語っている気がする。


そう、この涙は嘘偽りない真に暖かな涙であると少女は思う。


少女は見た。総てをひたすら無くしている子らの姿。無くすものと得るもの。


人である時築き上げた財産総てを無くし、その依り代たる器を無くしても、まだ、無くさなければならない子ら。人である時築き上げた財産総てを無くし、その依り代たる器を無くした後に得る子ら。


その差は歴然である。依り代たる器を亡くし得る子らと、得ない子らには天と地ほどの差があるのだ。

そして総ての清まる魂の子らは、燃えがる蒼い炎に包まれ、薄れ逝く意識の中で真の真実を見た。


自らの過去を振り返り、それまでの歩みの中で起きた言動、振る舞い、品行。そして犯してきた罪科と善意。それは良心である。彼らの前に立ち塞がるのは、傷づけた人らよりも、穏やかな顔で深謝(しんしや)し、手を差し伸べる人らの姿であった。


その人らは方舟を準備し、愛情を贈り物として彼らを優しく抱きしめている。

今、彼らは究極の愛に抱かれ、癒やされているのだ。


慈愛の海に溺れる彼らに痛みや苦しみはない。故にその顔持ちに、恐怖や虞れ、後悔の念は一切存在しない。()()彼らの魂は、久遠に、普遍的に清まる魂なのだ。


その顔持ちは、消滅の怯えに打ち勝ち、勝者した人らの目であり、鼻であり、口である。安堵する彼らの表情は、悦びに満ち溢れ、安心と安らぎに充ち満ち、それを祝福するように、碧い炎が神々しく光輝いている。


少女は滅び逝く清まる魂を保つ彼らの顔に、偉大なる者の(しるし)を見た。

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