○鏡の中の清らかな少女○
魂が砕け散ったウサギの意識は、途絶える寸前であった。風前の灯火である。消えゆく数秒と保たないであろう意識の中で、ウサギの魂の記憶が、走馬燈のように鮮やかに映し出された。
ウサギは震える声で、囁くように、そっと声にした。
「ああ、そうだわ。あのユシカの幼子は私だわ――……」
鏡に映した私だったのよ。
私は銀河のウサギになる前は、ユシカの幼子だったのだわ。神様を信仰し、敬服し、崇め、総てを捧げたのだわ。
ああ、きっとウサギとなった私の天真爛漫な性格は、ユシカの時に叶えられなかった夢の産物なんだわ。自由に発言し、自由に振る舞い、自由に生きてみたいと願った、私の願望だったのね。
日頃から奪われる恐怖に畏れ、脅え、震えて生きていた憤りを、ツキノウサギとなって解消していたのね。
そうね、そうすると私の望みは、もう、すっかり叶えられていたのね。
ああ、私の魂は、南十字星の白熱ですっかり浄化されていたのだわ。南十字星で感じたあの感覚は、気がしたのではなく、全くその身をもって体感していたのだわ。そしてその通り、私は南十字星を全く近くで見たのだわ。
そう、そして私はあの時十字架に架けられ、焼かれ、この魂を捧げる寸前、不意に想ったのよ。
罪と罰、虞れと哀しみ、理不尽と理、全く無二である平等。
抑えきれない憤り……―――
私の…?―― 黒い願いであり…―― 祈り?……―――
ああ、だから、だから、
――私は南十字星の白熱の炎で焼かれ浄化されたのね――
だからこそ私は節に思う。きっと今までも、何度も何度も思っていたのでしょうね。
私が本当に罪を背負っていると思うのは―――……
真に罪深いのは――――
力あるもは無慈悲だわ。欲するものがあれば容赦なく決断し、迷いなく実行する。
そう、どのような惨い仕打ちであっても、一切の躊躇いもなく、容赦なく、無慈悲に、残酷に。例えそれが魂を捕る行為であっても、ユシカらは全く遠慮しない。
強固な力と、巨額の富を手にしたユシカは、偽りの王冠をかぶり、その欲望のままに行動し命令する。私利私欲で、どのような醜い手段も厭わず、欲しいものを手に入れようとする。
命令の元に争いを正義に置き換え、弱さや頓着を罪に置き換え、時には至上者に成り済まし、疲れ、弱りきった魂を騙してまでも、欲望のままに総てを奪い取ろうとする。
請けたユシカらも錆びた王冠に平伏し、嘘と偽りに塗れた命令と知りながらも厭わない。ユシカらは死を纏う狩り人に成り済まし、他の魂を虐げ、苦しみや死を弄ぶ。
私思い出したの。
そう、あの争いで私達家族を襲った、おぞましい6のユシカら。
私のおか様もあね様も、魂も容姿も美しい、とても評判のよい方でしたわ。その私の自慢のおか様とあね様を、あのユシカらは銃で脅し、私とおと様の前で、二人を情欲のままに辱め、尊厳を奪い、弄り、懇願するおと様の前で、弄ぶように容赦なく、
犯し、殺した。
ぼろぼろになったかあ様は、目に涙を溜めて、絶命寸前私に一言、ごめんね、と絞り出し、耳元で二言三言声に成らないか細い声で囁き、静かに息絶えた――――……
かあ様は一体誰に? 何に対して謝罪したのでしょう?
かあ様は懺悔する、どのような罪を犯したのでしょう?
残った私を助けようと、おと様はまるで神様に祈るように、頭を地面に擦りつけ、眼を血走らせながら、私だけでも救ってほしいと、6のユシカラを指導する、紅い眼の将軍様の足下に縋り付き、必死に懇願した。
蹴られ、殴りつけられ、罵声を浴びせられても、おと様は決してその足を離さなかった。雑巾のようにボロボロになりながら、もう、おと様と見分けがつかないほどに膨れ上がり、血まみれになった顔を、紅い眼をした将軍様の足に擦りけ、キスをして、彼等に縋った。
そうなの。おと様は神様でもない彼等に平伏し、助けを乞い、縋った。
狂気に満ちた目を見開き、声を震わせ、泣き崩れながら――――……
おと様が最後に許しを請い、縋り、助けを求めたのは、神様ではなく、
非情で残酷なユシカらだった。
でもあのユシカらは、洟にも引っかけず、汚いと罵声を浴びせ、罵りながら、手にした銃口をおと様の額に押しつけ、まるで小さな虫でも踏みつぶすかの如く、あっけなく、一切の迷いなく、
引き金を引き、殺した。
そして最後に残った震え脅える私を、念入りに時間をかけて弄び、尊厳を殺し、魂を殺し、おか様やあね様と同じように、弄り、犯し、無慈悲に、残酷に、容赦なく、最後には厭らしい笑みを浮かべながら、
平然と、殺した。
ユシカは神様が自らを模して創造された。
ならばその性質も受け継いでいるのではなくて?
無慈悲で、残酷で、容赦のない性質であることも、自らが至上者と錯覚し、偽りの王冠を見せびらかし、欲のままに罪を犯す事も――もう、すっかりお見通しで、そう、大罪人になる要素を十二分に備えてることも、全く総て判っていらして――――……
創造された。
では、罪の元凶は? 誠に罪深いのは?………―――
罪は受け継がれ、魂の鎖は永久に絡みつき、決して外されることはない。
贖罪の十字架を背負い、駆けずり回る輪廻の運命を背負いし、永久の犯罪者。
器は久遠の牢獄で、朽ち果てても罪人たる魂は、孰れまた牢獄の器へと還る。
果てることなく、未来永劫繰り返される懺悔。
誰が科した、誰の罪なの?
私達家族は一体誰の罪を背負い、何故永久に償い続けているの?
従順であっても、全く良き隣人であっても、盲目であってはならない。
真を失ってはならない。
勇気と誇りを持ち、盲目と緘黙に心眼を開き、総てを解放し、その心根で想い馳せたなら、それでしたら、もう、全くの総ての元凶は?―――――
ああ、だからだわ。そう、そうなの。総て思い出しわ。改めて想う。だから私は、
―――南十字星の白熱の炎で焼かれ浄化されたのね―――
そこでウサギの意識は途絶えた。




