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○ユシカノヒカリノタマ○

ハレルヤ―― ハレルヤ―― 絶倒(ぜつとう)しそうになりながら、ひたすら声を荒げるユシカの幼子の顔が、白い光で神々しく輝き始めた。


それは南十字星の白熱の炎のような神秘的で、美しく、清らかな白光であり、その顔はとても穏やかで、慈愛に()()ちている。


ウサギはこのように気高く、真に美しい顔を拝観した知見はなく、深い感動に魂が揺さぶられ、いい知れない熱い感情が、ふつふつと湧き出す感覚に、その身を激しく震わせた。


そしてこの(いとな)みは、汚れなき清麗(せいれい)された神聖(しんせい)な仕業であると思われ、今この場にいられることが真に(さいわ)いであり、この所行は決して邪魔をしてはならず、自らの泣き叫ぶ声や、(きたな)らしい涙で(けが)されてはならないと思い、溢れる涙を抑えながら、静かに嗚咽(おえつ)を洩らした。


すると幼いユシカは、気持ちが絶頂にまでも達し、最後にアーメン――… と一言、残された(わず)かばかりの力を絞りだすような、か弱く(かす)れた声で発すると、両腕を宙高く上げたまま昏絶(こんぜつ)した。


ウサギはぴくりとも動こうとしない、石像のように(たたず)む幼いユシカの前に(ひざまず)き、無意識に両手を組み胸にあてると、(おごそ)かに、変わらず声を押し殺すように(むせび)び泣きながら、ハレルヤ―― ハレルヤ―― と呟いていた。


その刹那、ユシカの幼子が持っていた鈴が独りでに鳴り出した。


『ちりちりちりちりーー ん… 』

 

壊れんばかりに揺らされる鈴の音が激しく鳴り響き、真っ白な宙から、小さな光の塊が、銀河の星のようにぽつぽつと溢れ出した。


そして足下からウサギの(てのひら)に乗るほどの、蛍火のようなヒカリノタマが、(あぶく)のように湧き出し、流れ星が逆さまに落ちるように一斉に飛び出した。

 

刹那にして今この瞬間。安穏の地よりヒカリノタマが生まれ堕ちたのだ―――


ユシカの絶命(ぜつめい)した、美しくも(はかな)(けが)れのない魂。その魂に贖罪の鎖が架けられているのか、ウサギには知る由もない。宙を見つめ、微笑みを浮かべながら、変わらず両腕を宙高く上げ硬直したまま佇むユシカの幼子。


ウサギは想う。ユシカの幼子は、(たまわ)れた尊く偉大なお役目を見事に遂行し、(とどこお)りなく()()げ、総てを唯々完璧に成し遂げたのだと。それを裏付けるように、ユシカの幼子に、後光が祝福するように眩しく差していたのをウサギは確かに見た。


了然(りようぜん)したものは此程(これほど)に偉大なのか。静かに神々(こうごう)しく(ただず)むユシカの幼子を見て、ウサギは例えようのない罪悪感に(さいな)まれた。だが、それはハレーと南十字星を見た時に既に承知していたことだ。


ヒカリノタマが真っ白な、純粋無垢なユシカの魂であると――


ウサギは銀河の世界で、ヒカリノタマがユシカの(とうと)(けが)れのない清まる魂だと知らず、ヒカリノタマが生まれ、星の稚児に生まれ変わることを、唯々手放しに喜び笑顔で迎えていたのだ。


何も知らず無知なユシカの小童のように――無知故の残酷で愚かな行いとも知らずに―――……


ウサギは知るべきであった。だがウサギは怠った。もしヒカリノタマが、ユシカの清まる魂だと認識していたなら、深い愛情を持ち、憐れみと、慈悲と高い敬意を保ち、彼等を迎えていた事だろう。


だか、ウサギは無知な愚か者であった。深く知る事を魂の奥底で拒んでいた。もっと早くに疑問を持ち、行動するべきだったのだ。ウサギは想う。己は無知で、幼稚で、無学な愚か者だと。真を知る勇気を持たない、憐れな臆病者だと。


見ることが許された風が、風の楽譜を描き、囁き、負の音符を刻む。

 

見ることが許された風はウサギの魂に、嘘偽りない真の”罪悪感”という感情を真強く、激しい痛みと共に深く、深く刻んだ。


その刹那、激しい電撃が、頭から足のつま先まで貫いた。ウサギは違いなく、天啓を得たのだ。真の憐れみを知ったときに感じた、あの、想いは間違いではなかった。誰に教わるでもなく、まるで意識が芽生えた時、既に魂に刻まれていたかのように、気づきを得たのだ。


今この時、此の魂は重い十字架を背負い、未来永劫決して千切(ちぎ)れることの無い、罪深い鎖が()()架けられたのだと。


永久の懺悔(ざんげ)()いる鎖に縛られたウサギは、二度と観ることは叶わないであろう、銀河の(とこ)しえなる月が見える、遙か彼方の方角を、魂の抜け殻のように、ぼんやりと唯々眺め、悠久の罪人たる旅人であるユシカが抱く、久遠(くおん)に尽きることのない、穢らわしい欲望の行き先の終末を思い、胸を痛めた。


思いに(ふけ)るウサギの足下では、地面をかんかんと照らす蛍火のような無数のヒカリノタマが、光の残像を残しつつ、一斉に飛び出して逝く。罪人たるウサギは懺悔しながら、光の残像をその瞳に焼き付ける。


うっすらと引かれた光の帯の残像は、まるで光の(まく)、カーテンのようだ。ウサギは光のカーテン越しに、唯々息をするのも忘れ、静かに(おごそ)かに、ヒカリノタマが生まれ堕ちる瞬間を見守った。


ヒカリノタマは、哀しみや、苦しみを忘れるように、一定の高さになると、ユラユラと揺れながら宙に昇っていく。まるで地上に残した最愛なる家族に、久遠の別れを告げているかのように―――……

 

ウサギは改めて想う。白装束の清らかなユシカの幼子は、何処までも楚々(そそ)に、美しい清まる魂を全く正しい方向へ導くお役目をしていたのだと――


いくばかりの数え切れないヒカリノタマが消え去り(しばら)くすると、ユシカの幼子の後ろに、白く白光する十字架が突如として現れた。


眉唾ではない、目映いばかりに白く光り輝く十字架は、ユシカの幼子を引き寄せ、その十字架に架けた。


まるで(あがな)いを求めるかのように、確固(かつこ)たる使命を持ち、強く欲するかのように。十字架は幼子を求め、その柱に(はりつけ)にしたのだ。


十字架はユシカの幼子の両の足と両の手を重ね、その両の(てのひら)と重ねた足首に、光の杭を打ち付け、一本の柱に真っ直ぐと固定した。


そして終結を告げるように、ユシカの幼子の頭に月桂冠(げつけいかん)が浮かびだし、その頭を真きつく締め付けた。


ウサギは涙し、感動に震えた。ユシカの幼子は今(まさ)に、望を果たし、偉大なる栄光をその手に掴み、巍然屹立(ぎぜんきつりつ)たる大いなる証をその魂に刻んだのだ。


証明を問うなら、その輝かしい面持ちを観るがよい。ユシカの幼子の表情は、悦びに満ちあふれ、柔らかく微笑んでいるではないか。だが、その瞳は生気を亡くし、美しい青色の美しい瞳は薄暗い灰色に変わっていた。


その刹那、白い炎がユシカの幼子の胸の辺りでボッと燃え上がった。


燃え上がった炎は美しく白光し、白熱の業火の炎となってユシカの幼子の身体を焼いて()く。憐れみも一刻の戸惑いもない。白熱の炎は容赦なく、足を、手を、顔を、その体躯総てを焼いて逝く。全身が白い炎で覆われたとき、夜光虫が取り憑いたかのように、その身体が青白く光り輝いた。


そして白い白熱で燃え盛る炎の中、ユシカの幼子の口元が一瞬ゆるんだ、その瞬間。夜光虫が飛び立つように、一斉に無数の青白い光は、小さな塊となって散らばり、ユシカの幼子の姿は、青白い光の塊と共に何処へともなく消え去った。


ユシカの幼子の最後を見届け、見送るウサギは、立っているのがやっとであった。

生まれ立ての子鹿のように、足を震わせながら必死にその場に立ち尽くしている。

そしてウサギは悟った。此処が、今辛うじて立っている、この地こそが、


()()()()であると―――――……


数万本の針を刺されたように、激しく胸が痛み、瞳からは大粒の紅い涙が溢れ出し、止めどなく流れ落ちる。


「ああ、私は… 私は違いなく魂の洗い場である南十字星にいるのね。遙か遠い過去、黒い魂はこの地で白い炎に焼かれていたのだわ。そして何時しか浄化されなくなった… 私、私とても分かる気がするわ。罪深き子らは、互いに争い、魂をむしり取り、死という狩り人に捧げる。そして――…」


同じ同族でありながら、欲するのであればどのような手段であろうと奪って往く。それは突然に、そして理不尽に。そして――… 


真っ先に犠牲になるのは、弱く清らかな何処までも美しいユシカらの清まる魂――…

穢れた魂が浄化されなくなったのは、贖いで在り、贖罪で在り、”戒め”なのだ。


ウサギは今ままでに感じたことのない、激しい感情に襲われ、全身を激しく震わせた。それは銀河の世界では芽生えるはずのない、決して芽生えてはいけない感情である。 


ウサギを癒やし、全く優しく穏やかだった、見ることが許された風が、暴風となり、真きつく、何度も何度も、ウサギの左の頬を、右の頬を打つように吹き付ける。風の楽譜を描き、叫び、激しい音符が刻まれる。


ウサギの魂に刻み込んだのは、嘘偽りない、真の、”憎()()み”()”恨()み”()、という感情であった。

 

そしてうさぎはその場に崩れ落ちた―――

 

知ってはいけない負の感情。知る必要ない真の負の感情。その穢れた感情を知ったとき、ウサギの美しく透き通った硝子のような清らかな魂は、


微塵(みじん)(くだ)()ったのだ。

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