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駅前のイベント会場は人でごった返していた。会場自体はなかなか広いし無料で全部見れるらしいが、やっぱりめんどくさいので、僕は入り口辺りのところだけサラサラ読み流した。
曰く、液体鏡の霧は真上から太陽光が射し込む正午前後の時間帯のみ人々の姿を反射するらしい。真上を見上げた時だけ自分やその周りがかなりくっきり写っているように見えるらしい。霧はその正午前後の時間帯だけばらまかれ、その後は夕焼けになる時間までに蒸発して消えるらしい。そしてやっぱり、ただちに人体に影響はない、らしい。
僕は人混みの駅前から離れて、太御神社公園に行った。その途中に通った大通りでは、演技がかったうるさい男の演説が聞こえた。
「我々は!我々は絶対に!伊野崇史を!許してはいけない!伊野崇史の!暴君ぶりを!許すなー!」
その後に聴衆の拍手と「許すな!許すな!」と声が響く。
僕はそれを遠く前方に見据えて、右に曲がって、その集団だけを避けるように歩いた。
太御神社公園には誰もいなかった。いつも通りだ。
僕は石で出来た背もたれの無いベンチに座って背中を丸め、日陰を作る大樹の葉を見上げた。
「ぁぁ…」
声を出してみると、案外小さくて、どこにも響かないようだ。
足をくるくる動かして、ヒールで地面に歪んだ丸を描きながら、10秒ほど目を閉じた。
「こんにちわ。」
僕はその低い年老いた男の声に驚いて目を開けた。
「ッあ。こにちわ…。」
僕が首だけを動かして挨拶したのはどうやら公園の管理人のようだった。薄緑の作業着は黒や茶色に汚れていて、白髪混じりの髪はもう少し短いほうがダンディだなと思わせる。
「明日から、始まりますねぇ。」
管理人は微笑んだ。
「は?」
僕が怪訝な顔をしても、管理人は微笑みを崩さない。
「液体鏡、素敵ですよね。」
僕は一瞬で何度も瞬きして、おじさんを見つめた。
「はぁ…まぁ…はい。」
答えると管理人はより一層笑った。
「お姉さん反対派かね?」
「いえ別に。特には。」
「そうかぁ。おじさんはね、楽しみだよ。空が鏡になるんだろ?他の町じゃ見れないね。囲は狭い狭い盆地だからね。」
管理人はニコニコ笑いながら、空を見上げて、もうすでに鏡に映る自分をその目で見ているようだった。
「…そうスね。」
僕は適当に返事をして早くこいつどっか行かねえかなと思った。
「きっと観光客も増えるだろうね。ほらこんな田舎じゃかっこいい男の子もいないでしょ?外から男の子もたくさん来るよ。」
「あぁ…そっすね。」
僕の素っ気ない態度にようやく気づいたのか管理人の微笑みは一瞬怯みを見せたが、すぐにまた戻った。
「そっかそっか。じゃ、またね。」
そう言って管理人は僕の前から立ち去った。
ていうかここって管理人がいたんだなと思いながら微妙に気まずいので僕は立ち上がって公園を出た。