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因果の果て  作者: 中田英二
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高橋愛の殺人

その日も、愛は娘の視線が気に喰わないという理由で娘を殴っていた。

娘は、父に買ってもらった白のワンピースを着ていた。

とっても、とっても暑い、夏の一日だった。

この時、愛は激しい熱気のせいもあって、いつにもまして苛立っておりその不快感の矛先はいつものように娘に向けられていた。

「おらあっ、葵!あたしのことを何ジロジロ見てんだ、てめえっ!」

「あおい」と名付けられた娘は、その日もろくでもない母親に言いがかりをつけられて、容赦無く殴られて罵倒されて足蹴にされていた。

四歳の娘にまともな抵抗など、できはしない。

そのはずだった。

「お前を育ててやってんのは誰だと思ってんだよ!こんのクソガキッ!」

葵は、父親の稼いでくる金のおかげで生活できている。

しかも、ここ最近、愛は家事というものを全くと言っていいほどしなくなっていたのだ。

その代わりに、父や祖母が用意してくれる、できあいの食事をとって、生きながらえていた。

母親として愛が、実の娘である葵の世話を比較的まともにしたのは、出産後の一、二年だけだった。

高橋、いや伊藤愛は、子供をきちんと育てられるような人間ではなかったのだ。

葵は愛にとって、うざったいできもの、あるいは付属物でしかなかった。愚かな母は既に十数分にわたって、哀れな娘に暴行し続けていた。このまま娘を殺してやれたらどんなに胸がスッとするだろう、とよく考える。早く重荷を下ろしたい。楽になりたい。

女の子として、いい男と恋がしたい。

智弘みたいな情けない男なんかよりも、ずっと魅力的で美形の男とセックスがしたい。

しかし、子殺しの前科を背負うのは流石に避けたかったので、これまでの娘に対する虐待は、ほどほどにしていた。離婚する、という手もあったが、バツイチのレッテルを貼られるのは避けたかった。

愛は思う。

どうして、あたしばかり損するんだ?

彼女の中には、人としての常識や良心はほとんど無かった。母性などは皆無に等しかった。

その一方で、自分の身を守ろうとする意識は人一倍強く、エゴや欲望にしがみつこうとする執念もすさまじいものだった。彼女にとって大切なものは「欲望」と「保身」だけであったといえる。

要するに、この女は度し難い鬼畜生だったのだ。

人の形をした鬼のような畜生は、我が子をまたしても足蹴にした。普段なら、痛めつけられた葵は母親の前に跪いて許しを請う。

「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、お母さん」

それでとりあえず満足する。今日はこれぐらいで勘弁してやろうか、という気になる。

暗愚にして残虐、そして非道の暴君である、愛という人間のちっぽけな自尊心が満たされる唯一の瞬間である。それがこの母と娘にとって、暗黙のルールだった。

しかし今回、葵はそのルールを破った。

葵は床にうずくまったが、いつものように許しを請おうとしないのだ。小さな娘が何も言わないので、母はイライラして叫んだ。

「おい、黙ってねえで何とか言えよ!」

哀れな娘はうずくまって震えているだけでやはり何も言わない。

その態度が愛という女の逆鱗に触れた。

葵の髪の毛を力いっぱい乱暴に引っ掴んで、むりやり立たせようとした。その瞬間、葵が愛の手を全力で振り払ったのだ。予想外の反撃に、愛は一瞬呆然となる。

娘がある日突然、母の機嫌を伺うだけの存在ではなくなった事に、たじろいだ。

そして、娘の葵は、母の愛に向かって、爆弾を投げつけてしまった。

「あんたなんか、大嫌い!この、くそばばあっ!」



伊藤愛の不快感が臨界点に達した。そして、爆発する。



十数分後、ようやく我に返った愛は自分の目の前で息絶えている葵を認識した。

愛の肉がついて弛んだ両腕が、葵の細い首を絞めている。

自分が二度までも我が子を殺したのだという事実を、それから更に数分かかって愛はようやく理解しかけていた。

葵の死に顔は、不思議な事に安らかなものだった。

母は、娘を解放した。

葵の小さな体が、床の上に崩れ落ちた。

ひゅー、ひゅー、ひゅーという呼吸音が聞こえる。それが自分のものだという事にすら愛は気付かなかった。

青ざめた自分の顔を両手ではさみこみ、床の上にぺたんと座りこんでこう呟いた。

「あんた、の・・・せい、よ」

結局、高橋、いや伊藤愛はわがままな子供だったのだろう。

子供に、子供を育てる事は出来なかったのだ。

高橋葵、享年四歳。



高橋愛は、逮捕された。

 そして裁判にかけられた。



ところで・・・はっきり言うが、この国の法律は、悪人達に非常に都合良く出来ている。

特に、女性の犯罪者達にはとっても優しい。

そのため、共犯とみなされた男である夫の高橋智弘被告には無期懲役の判決が下されたのだが、

一方、高橋愛被告には懲役六年・執行猶予八年の判決が言い渡された。

我が子、しかもまだ四歳の娘を、これでもかこれでもかといった調子で虐待して痛めつけて、挙句の果てに殺しておきながら、執行猶予が付加されたのである。




いやあ~、もう、母親って本当に素晴らしい!




悪人天国・日本、万歳!




母親様、万歳!

愛さんが、また、殺してしまいました。

この物語も終結に近づいています。どうか、最後まで、お付き合いくださいませ。

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