第四章 校庭の戦い
かえで先生は、微笑んでいた。いつものように。
ただ、その笑顔には、普段では見られない陰のような物がはっきりと見て取れた。
幸佳は、ぞっとした。かえで先生を見て、こんな気持ちになるのは初めてだった。
メルが、前に進み出た。
「お前がここにいるのは、分かっていた。私達が、何故ここに来たのか、お前も分かっているな」
かえで先生は、相変わらず微笑みながら頷いた。
「ええ。私を倒しに来たんでしょう?この学校を救うために」
ファイも、前に進み出た。
「そ、そうです!」
魔法少女は更に言葉を続けた。
「私達は、あなたを倒して、皆を救います!」
かえで先生は、淡々と話した。
「いつだったか、この町に魔法少女が出る、っていう噂を聞いて、私は思ったの。ああ、その子は、自分を排除するために来たんだなあって」
メルは頷いた。
「その通りだよ」
「だから、私は調べたわ。あなた達の事について、色々ね」
幸佳は、かえで先生の自宅にお邪魔した時の事を思い出していた。彼女の家には、「魔法学大全」などという書物が置いてあり、色々な魔法談義を聞かせてもらった。
彼女が、魔法について色々と知識を溜めこんでいたのは、自分を追ってきた敵についての情報を手に入れるためだったというのか。
幸佳は、眩暈がしそうになった。この期に及んでも、まだ目の前の光景が現実のものだとは信じられなかった。
しかし、これは自分で選んだ道なのだ。顔を上げて、向き合わなければならない。
幸佳も、一歩前へと進み出た。
「かえで先生・・・」
でも、何と言えばいいのか、適切な言葉が浮かばなかった。
かえで先生は、幸佳の顔を見て、初めて申し訳なさそうな、辛そうな表情を見せた。
「柴田さん。ごめんなさいね。私は、あなたの心を深く傷つけてしまったみたい」
「いえ、別にそう言う訳では」
幸佳は否定したが、勿論嘘である。学校中の人気者である先生、しかも自分の好きな人が、町を侵食している「魔物」の正体だと知って、幸佳は今までにないほど、ズタズタに傷ついていた。
でも、これは自分で選んだ道なのだ。
だから、少女は尋ねた。
「かえで先生、どうして」
少女の問いに対して、かえで先生ははっきりと言った。
「私が、あなたとは違うものだからよ。既に知っているんでしょうけれど、私はこの町を訪れてから、人間に化けて、一色小学校の教師として生活していた。そして、自分の空腹を満たすために、主に子供達から生命力を吸い取っていたの。それは、私が生きるために必要な事だったの。柴田さん、あなたからも頂いたわ」
「ええ、わかっています」
やはり、そうだったのか。
自分の体調が急激に悪化したりしたのは、「暴力の鬼」ではなく、かえで先生と接触したからだったのか。かえで先生は、静かに、しかし真摯な口調で言った。
「人間には、いつまでも空腹を我慢する事は出来ない。同じように、私にも限界というものがあるの。この町に来てから、随分長い間、私は『食事』を我慢していたわ。空腹に耐えていたの。とても辛かったわ。人間で言うなら、飲まず食わずの状態だったから。人の命を吸って糧とするのは、私の本能なんだけれど、それをしたくなかった。私は、人間として生きていたかったから」
「しかし、結局、周囲の人間から生命力を吸った。おまえは、自分に負けたんだ」
メルは淡々と言った。かえで先生は、やんわりと微笑む。
「ええ、その通りよ。言い訳はしないわ。私は、この町を侵食している魔物。それは、厳然たる事実なの」
幸佳とファイは、ただ、その場に立ち尽くしていた。やはり、何と言えばいいのか、分からなかった。
「でも、でもね」
かえで先生は、一歩前に進み出て言った。
「信じてくれとは言わないけれど、私は、この学校を愛しているわ。ここに通っている子供達の事も愛している。この町に来ることができて、本当に良かったと思っているの。だから、誰の命も奪わないように、食事の量は最低限に止めてきたつもりよ。私はね、ずっとここに居て、教師として、子供達と共に時を過ごしたかっただけなの」
かえで先生の長い台詞に対して、メルが、厳しい口調で言った。
「だから、見逃せとでもいうの?あなたのような魔物を」
「いいえ、そんな事を言うつもりは無いわ。あなた達にだって、私の存在を認める気はないんでしょう?」
「うん、認めない」
きっぱりと、そしてあっさりと言ったメルに対して、幸佳は少し不快感をおぼえた。ファイも、怯えたような表情で、使い魔の猫を見ていた。
「そうよね。あなた達が私に迫っていると気付いた時から、私は覚悟を決めていたの」
そう言ったかえで先生の、周囲の空間が、歪んだ。
「どうせ戦うなら、私の大好きな、この場所で戦いたかったから」
第四章がスタートしました。
遂に、次回から本格的なバトルが開始します。読んでやってください。




