第四十八話 獣の王様
――その日、破滅の鐘が鳴った――
ここはバラッド王朝にある王宮の貴族が集まるサロン――いわゆる談話室。
武具・防具のメッカということもあり、そういった調度品が品位が落ちないような絶妙に配置されており、午睡を誘うような日差しが窓から差し込んでいた。
もちろん、そのような陽気であろうとここにいる者は市井にいる大人や子供のようにまどろむことはなく、第一王子とその取り巻きが優雅に食後のティータイムも楽しんでいる――はずだった。
「ひひひひ……」
「くひひひ……」
「………………」
第一王子、十数名ほどの貴族そして給仕する宮仕えする者達は――姿勢などは、なるほど王宮に相応しい立ち振るまいだった。
《しかしそれは”首から下”という条件付きである》
――ある者は、何が楽しいのか……口元から涎垂らし、嗤っている。
――ある者は、何が悲しいのか……目から涙を流しながら、口が裂けるほど開き、その涙を舌で舐め取っていた。
様々な表情を浮かべているが共通していることは――《およそ知性を感じさせない》ということ。
感情のみを有し、それは人の姿を有していようが……”人もどき”であった。
そのような人間が王宮中にまるで”波紋”のように広がっていく。
そこに、身分や種族などの差はなく、広がっていく。
それは王宮の中だけにとどまらず――国全土を覆うように感情だけを表す者に変えていった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
私は白痴の王子――カーライヤ王子殿下……いや、玉座に座るカーライヤ王を段差のある階段下から仰ぎ見ていた。
私の隣には魔族姿のセリアがおり、私の右腕を掴んでいる。
私もセリアと同じく慣れしたんだいつもの盗賊スタイルで有事に備えている。
何故なら、カーライヤ王の隣に”前王”が座り込んで愉快な表情を浮かべ、その重臣たちも様々ではあるが、愉快な表情を浮かべているからだ。
知的生命体は”今のところ”二人しかいない。
「お、お姉さま――」と不安な表情を隠しきれないセリアがいる。
別にセリアも生贄に捧げてよかったのだけど、ここに王を運んだり、王の世話をしたりするのに必要だったから――”仕方なく”そのままにしている。
荷物運びにセリアの闇魔法は便利だしね。
――ああ、私の狂気が深まっているのを感じる。
一秒前の私はいない……なんてね。
「あ、あの事情を説明欲しいのですが……」
と聞いてくるおどおどしながら聞いてくるセリア。
この国に向かう道中のセリアはどこにいってしまったのか……まあ、いいか。
「そうね……”完成”するまで暇だし、説明してあげましょう」
「あっ――」
私は引っ付いているセリアを無理やり剥がし、王の玉座にゆっくり歩きながらセリアに説明をはじめる。
「王とは何か……要は国民の代表者だけど、究極的には旧来の王では無理ね。
だって、国民全員の気持ちを全部理解していないんだもの」
「そ、それは――」とセリアが言うことはわかるので、その先を言わせずに、
「ええ、もちろん。
そんなの”無理”よ――”通常”わね」と言い、私に未知の物語を魅せてくれる王の右手から私の手でさすりながら上を目指し…………あごまで伸ばし、私は王にしなだれかかるように玉座の手すりに座り込む。
さながら私は――王さまをたぶらかす悪女に見えるわね。
と、内心苦笑してしまう。
「魔王を倒したことにより私の合魔化で使える能力は向上したわ……。
怠惰と嫉妬の能力を極限まで使い――王と国民を繋げた。
ふふふ……よってこの国は一つになったわ!!
わかる?
わかるかしら?!
白痴――つまりは純真無垢な魂に、
全ての波紋がぶつかり合い、
たった一つの!!
唯一のものが出来た!!!
ああ、簡易版の普遍的無意識とでも言えばいいのかしら――」
セリアは理解出来ないのか……難しい表情をして私に問う。
「それで……国民はどうなるのでしょうか?」
と、つまらないことを聞いてくる。
「……王への波紋はいわば返しがあり――まあ、常人なら狂うでしょうね」
普通の人間に他人の感情――それも無限に返ってくる感情の処理は無理だろう。
まあ、王のような存在がいれば、別だろうが――どうやらいないのは”王と繋がっている”状態だから理解している。
「そうですか……殺し合いでなくても――終わるのですね」と何か意味深なことを言っているセリア。
まあ、単なる思い付きでしょう。
「うん?」
「どうしましたか?」
「……どうやら、簡単にはいかないようね」
とセリアに私は口元を抑えながら言葉を返す。
私の広範囲に散らした魔力眼は金目の幼女と正体不明だった王族の少女を捉えたが――――すぐに”破壊”されてしまったようだ。
そうよね……歴史の分岐点にはそれそうなりの事が起こるのは世の常というものよね。
きっと私の口元は――笑みを隠し切れなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
そこは王都から離れた森の中。
その中でもいっそう大きな木があり、根元には暁を想起させる髪の幼女と白髪の少女がいた。
「お母様……ありがとう」
と白髪の少女は熱っぽい視線を向け、”お母様”と言った幼女にお礼を言う。
――――”ぺろり”――――
「――――っ!」
幼女はちょうど自分の頭位にあった少女の手を舐め始める。
少女に向ける幼女の金目の双眸は”気にするな”と訴えている。
幼女は人の言葉を話せないが――この二人にとっては些細な事のようだ。
「も、もう大丈夫。
それよりこれからどうしよう?」と十代後半にしては幼い語り口でこれからのことを問う。
彼女の赤い瞳は不安に揺れていた。
彼女の格好は王宮内では問題ない紺色のドレス姿であったが、森の中を移動するのに相応しくない――なのに道なき森を抜けて来たにしてはそのドレスは汚れ一つなかった。
その答えは二人の前方にあった。
――一直線に木々が薙ぎ倒されているのだ。
「はぁ。お母様の娘なのに……わたくし役立たずじゃない?」
と自分の無力さを漏らす少女。
故に消去法でこんなことをしたのは……、
「うぉおおおおおおおおおおおおんんっ!!!!!!」
少女の憂いの表情を消すかの如く、幼女は吼える!!
それはまるで動物の遠吠えであり、森すら震えさせた。
「わぉおおおおーん!!」
「くぇええええええ!!」
と森のそこら中から獣の大合唱が聞こえ、遠方の方まで伝播するように広がっていく。
白髪の少女は最初驚いた顔をしたが……自分の”母親”の意図を悟り――――抱きつく。
「お母様……」
自分の顔を幼女の胸にうずめる少女――彼女は頼もしい母が好きなのだ。
「大丈夫、大丈夫……だって、お母様は”獣の王様”だもん」
――”獣の王様”の要請により《数万の獣たち》が現れるのに数刻の時間を要した。




