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精霊付き遺産相続 28

 「ミ、ミス・ダーバヴィル?」

 精霊が顔をぎょっとさせた。

 その大きな反応に、わたしは少なからず胸のすく思いを味わっていた。このくらい驚いてもらわなくては、ぎりぎりでエレベータ(リフト)に飛び込んだ甲斐がないではないの。

 そして同時に、わたしは彼に言うべき言葉をまだ見つけていなかったことを、この時になって発見した。自分が何に立ち向かっているのか、ぜんぜんわからないまま事がわたしを置いてどんどんと進み、ここでやっと精霊に追いついたのだけれど、そこまでだったのだ。

 勇気を奮い起こした興奮に、短い距離しか走らなかったというのに息が弾んでいた。それを言い訳のように、わたしは黙っていた。軽い振動と共にエレベータ(リフト)は上昇をはじめ、狭い室内に気まずい沈黙が流れる。

「足は、大丈夫なご様子です、ね……」

「え、ええ。ご心配いただいて、ありがとうございます」

 もっと強気に攻めるような態度を取るべきだったと、行儀よく返事をしてから思った。紳士に従順げに振る舞うのは、いまだに抜けないメイドの習性だわ。

「あ、えー、そのー」

 精霊はすっかり困惑している。わたしも彼の真実を目の当たりにして、口の中がおかしくなったようだった。二人そろってこの状況に立ち往生してしまい、もじもじと喉の奥で言葉を探しあってしまう。

 沈黙している間にも、エレベータ(リフト)はどんどんと上昇していった。

「ミスター・ナイトレィは、屋敷の精霊ではなかったのですね」

 今度はわたしが口を開いた。彼は居たたまれない様子で目をそらし、目をそらした方向へと体も少し泳がせた。

「あの、信じてらした……?」

「いいえ、まさか!」

 きっぱりと言ってしまったが、それはただの強がりだった。わたしだって心の底では本当は信じてはいなかった、と思いたい。ただ、信じている方が気が楽だったのだ、と思う。結局、信じていたのだろう。そしてやっぱり彼は精霊などではなかったのだとはっきりした今、バンクスさんのタックスメーター・キャブ(タクシー)の中でそうだったのだと思いついていたのに、今あらためて動揺してもいたのだ。

「さっきガッシー、──いとことは何を話していらっしゃったのでしょうか?」

「はあ、……それは……」

 彼が答える前にエレベータ(リフト)がチンと可愛く鳴って、止まった。扉が開く。

「とりあえず、出ませんか?」

 ミスター・ナイトレィにうながされて、わたしはエレベータ(リフト)を降りた。

 ホテルの廊下は暖かみを演出していたけれど、日常のないどこか無機質な空間だ。すうっと長くのびた四角い箱の中に、ただ扉が等間隔に並んでいる。

 気になったのは、その扉と扉の間隔が、とても広いことだった。そしてわたしはふと、そういえばさっきのエレベータ(リフト)は最上階で止まったようだったと、思い出した。

 ミスター・ナイトレィはどうやら彼が泊まっているらしい部屋の扉を開けた。そうして扉を支えたまま、

「どうぞ」

 入室をうながされているのだ。わたしはそれに応じるべきか、迷ってしまった。すると部屋から、

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 黒いスーツ姿の紳士があらわれ、軽く会釈をした。ご主人様と呼ばれたミスター・ナイトレィが紹介してくれた。

「バンター、こちらはミス・リディア・ダーバヴィル」

 バンター氏がわたしにも軽く会釈をした。

「ミス・ダーバヴィル、彼はバンター。わたしの近侍(ヴァレット)(男性版侍女。紳士の身の回りの世話をする紳士)です」

 わたしも軽く会釈をした。バンター氏はこういう職業の人々が業務上身につけた慈悲深い笑みで、わたしの会釈を受け取った。

「お会いできて光栄です、ミス・ダーバヴィル」

「はじめまして、ミスター・バンター」

 挨拶がすむと、バンター氏は自分の主人に目を戻し、控え目な声で言った。

「お茶をご用意いたしましょうか?」

「うん、頼む」

 もう一度うながされて、今度はわたしは部屋に入っていった。

 部屋は広かった。そしていくつかの部屋が一続きの間になっていて、まるでマンション(フラット)にいるようだった。スイートルームなのだ。

 バンター氏が小さな扉の奥に消えたので、そちらをなんとなくのぞき込むと、そこは簡易型キッチン(キチネット)になっていた。ミスター・ナイトレィの召使はそこでお湯を沸かし、備え付けのポットやカップを用意していた。すべてにホテルのロゴが小さく入っている。

「ミス・ダーバヴィル」

 呼ばれて振り返ると、ミスター・ナイトレィがわたしに着席をすすめていた。

 いかにも「はじめてです」と物珍しげにきょろきょろと部屋を眺め回していた気恥ずかしさを覚えつつ、わたしは精一杯上品さを取り繕ってソファーに腰を下ろした。精霊も向かいのソファーに座った。

 彼はまだ少し落ち着かなげで緊張しているようだったけれど、これまでアドベリーハウスで見せていた時と様子を変えたようには見えなかった。真摯にすべてを語る気なのだと思えて、わたしは少し落ち着いた。

「驚きました。あなたがここまで追ってこられるとは」

「ミスター・ナイトレィはここに住んでらっしゃるの?」

「住んでいると言いますか、宿泊です。家はロンドンにあります」

「その宿泊は、ご自分を精霊だと言ってわたしをからかうため。なんて事は、いくらなんでもありませんわよね」

「ええ。実は祖母が具合を悪くしまして、ロンドンよりも静かな田舎で過ごしたいというので」

「そういえばここへ来る途中、療養所に寄っていましたわね」

「今はあそこにいます」

「ご病気なの?」

「ええ。治らない病です。老い、という」

 そこにバンター氏が陶器のふれあう小さな音をさせ、戻ってきた。

 丁寧にティ・カップを置く。紅茶は輝くように澄んだ水色をたたえ、温かな湯気が白く揺れていた。



*スイート・ルーム

○ suite

× sweet room

一揃いの部屋の意味。リビングやベッドルームなどが揃っている部屋。

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