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精霊付き遺産相続 27

 一人でこんな高級ホテルにはいるなんて、生まれて初めてだった。

 だからロビーを歩くのも、カフェでいかにも洗練された様子のウエイターに注文するのも、まるで女王陛下の舞踏会にうっかり放り込まれたメイドのように居心地が悪かった。

「コーヒーを一つ」

 わたしはメニューを閉じた。

 メニューのすべてに、メイドに気後れを覚えさせるような気の利いた名前が付けられていた。その上メイドに場違いを教え諭すように、すべてが高価だった。

 もちろんわたしはメニューリストの中で一番安いコーヒーを注文した。タクシー代を後払いにしてもらえてよかったわ、と心から思いながら。

 精霊は同じカフェの、遠いテーブルに座っていた。わたしが遠いテーブルを選んだのだけれど。驚いたのは、そのテーブルにガッシーもいたことだ。祖父が亡くなりあの屋敷を相続することになってはじめて会った従兄弟のガッシーだ。

「どういうことかしら?」

 精霊とガッシーもテーブルに注文したコーヒーを並べていた。そして精霊が何かの書類を取り出し、二人はそれを間に会話をはじめたのだ。

 二人のやりとりはわたしには想像も出来なかった。精霊は書類を説明している風で、ガッシーは時々言葉を挟んでいる。しゃべり続けた喉を潤すためか、精霊がコーヒーに口を付けた。わたしも自分のコーヒーを飲んだ。

 そのうち精霊が新しい書類を(めく)り、話は次の話題に移ったようだった。脇に置かれた書類はまだいくつかある。二人の話はすぐには終わらないようだ。

 わたしは読み終えていなかったコニーの手紙を取り出した。どうせ二人の話は何も聞こえないでは手持ちぶさただったので、わたしはわたしで今のうちにこれを読んでおくことにしたのだ。ホテルでコーヒーを飲むのにいかにも不慣れそうにびくびくしながら紳士二人が何事かを話し合っている様子をじっと見入っているというのも、まわりからは奇妙に見える気もすることだし。

 グレックソン夫人がロンドンで最新流行のドレスを新調しただの、ペキニーズ犬のスーザンが行方不明になり召使総出で近隣を探し回ったことだの、といったすでに読んでしまったところは飛ばす。スーザンのことではコニーも捜索隊の一員としてかり出され、他の召使たちと同じようにスカートの裾にアニスを振りかけられたのだとか。犬はアニスの香りが好きで、嗅ぎつければすぐさま犬の方から駆けつけてくると、従僕(フットマン)のゴードンが提案したらしい。知らなかったわ。憶えておけばいつか役に立つかしら。

 そして最後の一枚をめくる。ロンドンで流行っている最新のデザインがどういう風かは、後でまたゆっくりと読み直せばいいと思いながら。

〔リディア、わたしは今混乱しています〕

 最後の便せんは、いきなりそう始まっていた。

 ここから先は翌日か数日後にあらためて書き綴られた内容のようだった。インクの色もそれまでと微妙に変わっている。

〔もっと早くに思いつくべきだったと思います。今日グレッグソン氏に頼まれて図書室へ行ったのですが、その時に 英国貴族名鑑(デブレット)が目にとまったのです。それは本当に軽い思いつきでした。わたしはちょっとしたいたずら心を起こし、あなたの屋敷の精霊の名前を探してみたのです。

 そうしたら、リディア、彼の名前が載っているのです。フィッツウイリアム・ナイトレィ。わたしは驚いて、もう一度あなたからの手紙で綴りを確認したくらいです。だから間違いはないわ。 英国貴族名鑑(デブレット)に載っているフィッツウイリアム・ナイトレィ氏は、ナイトレィ子爵の次男だとありました。ナイトレィ子爵家の先祖にフィッツウイリアムという方がいらして、その方が幽霊になってあの屋敷に棲んでいるの? いいえ、あの精霊はこの名鑑に載っているナイトレィ氏だと考える方が、ずっと現実的だとわたしは信じます。

 でも、もしあなたの屋敷の精霊がこのフィッツウイリアム・ナイトレィ氏だというのなら、彼はいったい何のために自分を(いつわ)っているのでしょう? あなたのことが心配です〕

 あの精霊はこの名鑑に載っているナイトレィ氏だと考える方が、ずっと現実的。

 ええ、コニー。わたしもそう思うわ。

 わたしはテーブルの上のコーヒーカップをじっと眺めていた。ティカップより背の高いコーヒーカップは、緋色(スカーレット)のモダンな模様付けがされている。

 わたしもコニーのようにとても混乱していた。まるで答えを知っているのはわかっているのに、後一歩のところでその答えに手が届かない感じだった。

 彼はあの屋敷に棲む精霊だと思うから成り立っていた日々が、そうじゃなかったと書き直しを迫られている。彼は親切で、何かの後ろ暗い陰謀がある様子など、わたしはまったく感じなかった。むしろあの屋敷に精霊がいてくれたことに、わたしは密かに安らぎすら感じていたのだ。だからといって自分が不注意で不用心だったとは思いたくない。

 けれども、彼は精霊ではなかった。これまでの日々をどう書き直せばいいのか、頭が空転していることしかわからなかった。

 そのまま手の中のコニーの手紙に目を落としていると、あちらで精霊が書類とガッシーをテーブルに残したまま立ち上がったのが目のすみに映った。

 とにかく、追わなくては。

 わたしも急いでコーヒーを飲み干し──だって高かったんですもの、残すなんてもったいないわ──精霊に遅れてカフェを出た。


 精霊はこのホテルに泊まっているのだろう。

 カフェを出たところで彼の姿を探すと、フロント(レセプション)に向かっている背中が目にとまった。フロント係(レセプショニスト)と短いやりとりをし、精霊はそこを離れると、ロビーの配置はすっかり頭に入っている様子でエレベータ(リフト)へと歩いていく。

 ほどなく降りてきたエレベータ(リフト)の扉が開いた。

 乗り込んだのは彼一人。

 階数ボタンを押す。

 わたしは意を決し、扉が閉められる寸前、エレベータ(リフト)に突入した。

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