精霊付き遺産相続 23
夜、寝る前に、蝋燭の灯りで手紙を読みなおす。仕事から帰ってくると、届いていたものだ。
〔わたしの経験からお話しすれば、幽霊は住人側の何らかの問題や欲求が見せる幻であることがしばしばあります。もちろん本当に幽霊であることもあり、判断は慎重に行うべきです〕
あれからわたしはコニーの勧めを思い出し、思い切って A.ロバーツ博士に問い合わせの手紙を差し上げてみたのだ。
博士は降霊会で霊媒師のトリックを見破った、真剣に霊の研究をしていらっしゃる方だとコニーは教えてくれた。もしもの時は力になってくれるだろう、と。
わたしの手紙は他の多くの大事な手紙に紛れて忘れられることも考えられるし、またはもっと重要な──例えば学会に忙殺されて後回しにされるかもしれない。
それとも博士はよく来るこの手の問い合わせに倦怠を感じて、同じような返事を毎日のように書くことに飽き飽きしているかもしれない。きっと雛型を一つ作ったら、あとは学生に返事を書かせているのだ。そういうことはじゅうぶんに考えられると覚悟していたら、こんなに早く返事をいただけたのだ。わたしは博士に感謝した。
文面から察するに、博士はこういう相談を受けることにすっかり慣れているようだった。まず落ち着いた文体でわたしの相談の趣旨を理解したことが綴られ、本題の幽霊についても、大学で生徒に講義をする時の語り口かのように、ご自分の知識をゆっくりと出しているという印象だ。わかりやすく手早くイエスかノーかの答えを教えてくれるだけでいいのに、と言い出す人もいるかもしれないけれど。
〔本物の幽霊というものは、多くの場合、あなたのご両親、祖父母等であることがほとんどです。彼らはけしてあなたを不快にしようとは意図していません。自らの死を知らず、今も地上で生前の生活を続けているだけなのです。あなたが彼らを受け入れそのまま共に暮らしていれば、ある頃からあらわれなくなることもあります〕
当然のことだけれど、それはわたしの問題を即座に解決する提案ではなく、もっと一般的な話だった。何度かやりとりをし、お互いの話をもっと具体的に近づけた上でなければ、わたし自身の抱える問題のその核心には至れないのだ。
〔──もしあなたが必要とお考えならば、そしてわたしもぜひ望むところですが、屋敷に調査にうかがいましょう。お急ぎならば電報をお送り下さい。幽霊祓いを行うこともできるでしょう。わたし自身の心情としては、彼らの成り行きに任せる方をお勧めいたします〕
早速の実地調査をとおっしゃるなんて、博士は書物文献を渉猟するよりフィールドワークを楽しむタイプなのかもしれない。そうよね、コニーの時にはご自分から降霊会に出席されていたと言うし。
わたしは手紙から顔を上げて、なんとなく天井に目をやった。高い天井は蝋燭の光がよく届いておらず、幽霊が身をひそませるのにちょうどよい薄暗がりになっていた。
幽霊祓い。
少し探ってみる。
わたしの心の在処を。
そして理解した。
わたしはあの精霊にここから立ち去ってもらいたいわけではない。理由が知りたいのだ。
わたしは手紙をたたみ封筒に戻し、手紙を入れておく箱の中、コニーからの手紙の上に載せてフタをし、ベッドに横たわった。
この屋敷にも主人を苦しめた幽霊がいて、どうやら死を告げてまわっていたらしい、とガッシーが教えてくれた。
わたしは元メイド。教養のなさや経済力のなさは、アドベリーハウスのような立派なお屋敷の主人としては全然ふさわしくない。
屋敷を持つ者らしく人々に年に一度くらい庭を開放しお茶(軽食)を振る舞うこともできない。
シャンデリアが壊れても修理もできないし新しいものをあつらえることもできない。
それでアドベリーハウスの精霊はわたしを主人としてふさわしくないと判断した。というのは、じゅうぶんに考えられる。
わたしがもう少しで外階段の手すりと一緒に落ちそうになったあの時、精霊がテラスから離れて中庭まで遠ざかっていたのは、偶然を装ってわたし一人をあそこから落とすためだったのではないか。
最初はガッシーの話を「おとぎ話だ」とあしらっていたのに、そんな考えが電話交換手の仕事中に突然、思い浮かんでしまった。
あの時は自分の思いつきにかなり動揺してしまったけれど、幸運にも電話をつなぐ相手を間違えたりはしなかった。わたしもすっかり仕事に慣れたのね。
そしてわたしは仕事から戻るとすぐさま、自分の思い付きが呼び覚ました興奮に後先など顧みずロバーツ博士に手紙を出してしまったのだ。手紙を書いている間、ずうずうしいマネをしたことをたぶん後悔するだろうと思ったし、思い切って投函した後、やっぱり後悔したけれど。
「問題は、屋敷がぼろぼろだってことなのよ」
ロバーツ博士が精霊を説得し、この屋敷が彼の望みのままに威厳を保って存在することを諦めてくれれば、問題はすっかり解決するのではないか。精霊がわたしを主人として(諦め半分でも)受け入れてくれれば、これ以上彼が屋敷の荒廃を進めるのをやめるのではないか。そうなれば、またどこかの破損で危うく怪我をする危険はすっかりなくなるのではないか。それどころかまるで新築の、どこにも傷のない、完璧なアドベリーハウスが手に入るのではないか。
どうやらわたしはそういう都合のいいことを考えてしまったらしかった。彼がこの屋敷をぼろぼろにしたのではなく、歳月と手入れの不十分さが招いたのだというのに。
「でも、精霊になら屋敷をまるで築五百年というほど荒廃させることも、新築当時に戻すことも、できそうじゃない?」
つぶやいて、「それはおとぎ話よ」と自分に返した。
「あなたはこの屋敷を放棄したくなっているのよ」
お屋敷の持ち主であることに誇りや楽しみを見出すどころか、それを重荷に感じ始めている。よくない兆候だわ。
どうせもらうなら、ガッシーが住んでいるようなモダンなフラット(マンション)だったらよかったのに。
そういう今更どうしようもない無駄で身勝手な願望に振り回されているのよ。この目で確かめた上でアドベリーハウスを相続すると決めたのは、わたしじゃない。
「本気で放棄したい?」と問う。
即答できる。
答えは「ノー」だ。
巡り合わせがどうであれ、これはわたしが受け継いだ物だ。それがはっきりしただけでも、博士に手紙を出した甲斐があったのだと思うことにしよう。
わたしは蝋燭を吹き消し、ブランケットの中に潜り込んで目を閉じた。




