表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

精霊付き遺産相続 21

 今日の屋敷見学は、天気がよかったので外を歩くことにしていた。

 アドベリーハウスの敷地から草原や森を縫うように小道(フットパス)が伸びていて、そこを歩いてゆくのだ。

 新鮮な空気を求めて自然の中を歩くこういった運動(エクササイズ)は、英国人の生活の一部だと信じられていた。気分が優れない時、頭が痛い時、健康な心身を保つため、それからただ歩くことを求めて、わたしたちはしばしば自然の中に出向く。その時に目に美しい自然が映るよう、長い年月、景観を絵のように調えてきた。美しい景色に囲まれ歩いていると、魂も美しくなる気がする。英国ではこれもお茶を飲むのと同じ、大事な伝統習慣なのだ。スウェーデン式エクササイズも最近人気だけれど。

 アドベリーハウスには表のエントランスとは別に、屋敷に住む人々が使う別の出入り口があった。それは二階にあって、扉を開けると左右に分かれた階段があり、降りてゆく途中で折り返してから小さな階段式庭園(テラス)で出会うようになっていた。

 わたしが扉を開けて階段にあらわれると、すでに中庭で待っていた精霊が手を挙げた。わたしも手を軽く振った。わたしがなかなか来ないので、彼は少し中庭を歩いていたようだ。今日の彼はいつもの黒いスーツではなく、プリングル(ブランド名)のカシミアのツイン・ニットを着ていた。

「お客様がいらしたようですが?」

 彼が言った。わたしは帽子をかぶりながら答えた。

「ええ、いとこのガッシー。お友達のところへ遊びに行く途中で立ち寄ってくださったの」

 わたしは階段を降りはじめた。

 その階段は、建物とのバランスのよい見栄えを重視した造りのせいだろうけれど、少し急なのだ。わたしは手すりに手をかけた。とたんにわたしは自分の体が一瞬宙に浮いたような、不思議な感覚に襲われた。

 自分でも驚いたのだけれど、とっさに腰を泳がせながら、わたしは自分が握った手すりが根本で折れてゆくのをはっきりと見ていた。すべてがゆっくりと展開して、その一瞬一瞬を鮮明に目でとらえていたのだ。後でどんな風に手すりが歪んでいったかを明瞭に語り美しい絵にしてみせられるだろうくらいに。もしもわたしに豊かな文才や素晴らしい絵心があれば、だけれど。

 手すりも痛んでいたのね。わたしはのろのろとそう思い、手すりから手を離していた。鋭い音を中庭に反響させて、金属の手すりは下のテラスへと落下していった。

「大丈夫ですか!」

 彼が駆けつけていることには、気がついていた。危ういところで難を逃れたもののその際どさに動揺してはいたけれど、わたしはすぐさま立ち上がろうとし──たぶん駆けつけているのがコニーか誰かだったら、わたしはすぐさましゃんと立ち上がってみせたと思う。笑顔だってみせられただろう。

 ところが彼の姿が、駆けつけてくるその姿が目に入ったら、なぜかその場に呆然としゃがみ込んだままになってしまっていたのだ。

 顔を上げると、精霊が駆けつけてきた勢いのままわたしの脇にひざまずいた。わたしが起こったことに動転して気持ちがどこかへ飛んだようにぼんやりした顔を向けると、彼はわたしの腕を取った。

「よかった、あなたが一緒に落ちなくて」

「ああ、ミスター・ナイトレィ……」

 彼はまださらに言葉を紡ぎ出したかったようだった。けれど、

「ミス・ダーバヴィル……」

 と、声をつまらせたように呼びかけた次には、即座に何かが彼の感情がわき上がるのを押さえ込んだようだった。

 彼はぎゅっと口を閉ざし、もどかしげに唇を噛んだ。そして彼はそんな表情をも押さえ込むように、次には落ち着きをまとってみせた。

「お怪我はないようですね」

 わたしもどうにか気持ちを落ち着けていった。

「ありがとうございます。びっくりしたけれど、わたし、大丈夫だったみたいですわ」

「ええ」

 彼は気を取り直すと、手すりがあった場所に目をやった。考え込み、さらにそこをよく吟味して、下に落ちた手すりを見下ろす。

「ここも破損していたようです」

 低い声で言う。わたしは下をのぞく彼の背中が少し丸くなっているのをぼんやりと見ていたと気がついて、やっと立ち上がると、手すりのあった場所を見た。

「そのようね」

 石敷きに差し込まれた金属が根本のところで見事に折れていた。今度は下を見下ろす。手すりが落ちた場所は中庭の、屋敷の建物が落とす午後の影の中だった。

 下も石畳だ。

 そして高さがある。

 手すりと一緒に落ちていたら、わたしはどうなっていただろう。想像したくない最悪の結果が真っ先に思い浮かびそうになって、それ以上考えるのはやめておいた。

 わたしはもう一度、精霊に視線だけをかすかに向けた。まだ少し丸まった背と、その肩のあたりに。

「幽霊の件だけど、父上にきいてもらったんだ。元の持ち主の貴族によると、この屋敷にもそういう言い伝えがあるっていうんだ。代々の領主に不幸を告げる幽霊だって話だ。姿を見たら死ぬとかって」

 ガッシーに吹き込まれた言葉が、ふと耳にこだました気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ