精霊付き遺産相続 20
日差しがあたたかく心地よく、穏やかだった昨日と変わりなく、豊かな調和の中、今日も一日がゆっくりと過ぎていくと約束されたかのような田舎の幸福な午後のことだった。
屋敷の全部を一日では見て回れず、それに一度見ただけで終わりにできるはずもなく、わたしは何度か一人で、時には精霊が案内をしてくれて、自分の屋敷を見学して回っていた。電話交換手の仕事が休みだったその日も、わたしは屋敷見学の旅に出ることにしていた。
身支度を調えて部屋を出、廊下を歩いていたら、エントランスホールに人影が見えた。
手すり越しにのぞき込むと、広いホールを横切っていたのはいとこのガッシーだった。
「ガッシー? こんにちは。何をしてらっしゃるの?」
親族の家を社交的に訪問することは別に不思議でもないのだけれど、たいていはあらかじめいつ頃うかがいますと連絡をくれるものだ。わたしが声をかけると、ガッシーが飛び上がらんばかりにびっくりしてこちらを振り返った。
「や、やあ!」
わたしは廊下をぐるりと回って大階段を下りた。ガッシーはわたしをはつらつと迎えてくれた。
「やあやあやあ、リディア! 元気そうだね! てっきり君はいないのかと思っていたよ」
「ええ。本当は仕事だったんだけれど、シフトを変わってと頼まれたの」
職場の同僚たちとも気心が知れてきて、こんな頼まれ事をするようになった。今日はわたしの臨時の休日だった。
「そうだったのか。えー、僕かい? もちろん元気だよ。ありがとう、うん」
ガッシーは問われないうちにぺらぺらと快活に自分のことをしゃべりはじめた。
「それで、つまりだ。僕は今、エンプレス城に向かってるところなんだ。というのも、そこで友達が私設秘書をはじめてね。私設秘書なんか全然向いてない奴なんだよ、あいつは。なにしろやっと親戚からかき集めた資金を元にナイトクラブを始めたが、資金はただ奴の手元をすり抜けて、破産管財人にパスをよこす役を演じたってだけで終わったような具合でね。それで学生時代からの友人として、ここは一つ田舎で私設秘書なんかやってる奴のことをからかい、あ、いや、励ましに行ってやろうってわけさ。それで、そういえばアドベリーハウスはその途中だったなって思い出して、寄ってみたってわけなんだ、うん」
「そうでしたの」
「ここは執事がいないからベルを鳴らしても誰も出てこないし、いとこ同士だからかまわないかって、入らせてもらったよ」
この屋敷にいる召使はわたしだけだ。主人もわたしだけだけれど。
「ええ、かまいませんわよ。けれど」
「ここは本当に大きな屋敷だなあ! 今日はあらためて感心したよ。古くて格式のある建物を見るのは、目の保養になる、本当に」
ガッシーは大声を出してホールにその声を響かせると、今度は突然ぽんと両手を打った。
「ああ、残念だが、僕はそろそろ行かなきゃならない。エンプレス城って意外と遠いんだ。うっかりしてたら日が沈んでしまう。うん。そんな頃にのこのこやって来た客は、使用人どもからもひどく嫌がられるからね。わかるだろう? 心付け(チップ)をはずまなきゃならなくなる」
もちろん、それはよくわかっている。夕食の準備に忙しい時間帯にやって来る客を、召使はこころよくは思わないものだ。
客室を、主人が気遣うだけそれぞれの客人のお好みに調える。お風呂のためのお湯をたっぷりと沸かして部屋へ運ぶ。主人らの着替えを手伝う。なにしろあの人たちは、一日五回は着替えをする。大テーブルに真っ白いクロスを敷き花を飾りお皿や食器を取りそろえる。そして料理を運ぶ。主人や客たちが食事中はつきっきりで給仕。それから……。
とにかく、使用人の仕事はたくさんあるのだ。元メイドとして、紳士にはご自分の近侍(男性版侍女。紳士の身の回りの世話をする紳士)を携帯していらっしゃることを──別便で向かわせているのでもかまわないけれど──ぜひともお勧めする。
「あ、そうそう、忘れちゃいけない。今日はこれを言いに来たんだ」
ガッシーはわたしを振り返り、大真面目な顔になって声を落とした。
「幽霊の件だけど、父上にきいてもらったんだ。元の持ち主の貴族によると、この屋敷にもそういう言い伝えがあるっていうんだ。代々の領主に不幸を告げる幽霊だって話だ。確か、えー、ああ、そうそう。姿を見たら死ぬとかって。父上自身も以前、屋敷の様子を確かめに来たら、夜中に恐ろしい叫び声を聞いたって言ってた」
わたしはふと思い出したので、言ってみた。
「裏の森に巣を作った鷺の声じゃなくて?」
「鷺だって?」
ガッシーはきょとんとした。
コニーが教えてくれたところでは、バンシーの正体は鷺だったとか。
ガッシーは首を振り、さらに真面目な顔になった。わたしが彼の話を冗談にしてあしらったと感じたのか、少しむっとしたようにも見えた。
「いや、不真面目になっちゃいけないよ。君の身に危険が及ぶかもしれないことなんだからね。気をつけてくれ、リディア。また何か起こったらすぐに僕らに知らせるんだ。忘れないでくれ、僕は君の味方だよ、いいね」
ガッシーがあまりに真剣に見えたので、わたしはそれ以上幽霊の正体だの霊媒師のトリックだのについて語るのはやめておくことにした。どの程度かは知らないけれど、彼はどちらかというと幽霊信奉者のようだし。
「ええ、ありがとう。よく気をつけますわ」
先日レストランで食事をした時には、彼はわたしへのお小遣いの支給を交渉すると、一応、約束してくれていた。けれどやはりその約束はほとんどその場で忘れられていたようだった。
できれば、という期待はあったけれど、わたしは彼にその約束の実行を迫る気はなかった。彼は人を困らせてやろうなんていう悪意はまったくないけれど、自分にその能力があるかどうかをよくわきまえずに、相手の期待に最大限応える返事をする、基本的に人のよいタイプ──というだけなのだ。ここであの約束を持ち出したら、すっかり忘れていた自分に落ち込まれてしまうかもしれない。彼は自分の考えていることに夢中で、ただ人の話をよく聞いていなかっただけなのだから。
わたしたちは外に出た。彼はわたしと社交的な会話をしながらスポーツタイプのツーシーターに乗り込み、軽く最後の挨拶を済ませるとすぐさまそれを発車させた。わたしは車が木立に消えるのをしばらく見送った。
そうしてあらためて、屋敷見学へ向かった。




