ルクスヴェイン遺跡
翌朝。
木々が途切れた先に、巨大な岩壁が姿を現した。その一角には、周囲の岩肌とは明らかに異なる古びた石造りの入口が見える。
地図に記された場所と間違いない。
「ここが……ルクスヴェイン遺跡?」
幼い頃から憧れ続けてきた黄龍伝説。その龍が最後に力尽きたとされる場所が、今まさに目の前にある。
胸の奥から、抑えきれない高揚感が込み上げてきた。
「本当にあったんだ……」
ノアは息を呑み、しばらく遺跡の入口を見つめていた。
やがて意を決すると、ランタンに火を灯し、暗い入口へと足を踏み入れた。
六千年の時を越えて残された遺跡。その奥で待つ運命を、まだノアは知る由もなかった。
街道を外れ、山地へ入ると、人の通る道は次第に細くなっていく。木々が生い茂り、足元には苔むした岩が転がっていた。
岩肌には、古い傷のような亀裂が走っている。周囲には草木が生い茂っているが、入口の近くには不自然なほど植物が少なかった。
洞窟の奥から、冷たい風が吹いてくる。
俺は喉を鳴らした。
正直、少し怖い。
それでも、ここまで来たのだ。
俺はランタンに火を灯し、洞窟の中へ足を踏み入れた。
内部は、外から見た印象よりずっと広かった。
最初はただの鍾乳洞だったのだろう。天井から垂れ下がる鍾乳石や、壁を伝う地下水の跡が見える。
しかし、奥へ進むにつれて景色が変わっていった。
自然の岩肌に混じって、明らかに人工的な石柱が立っている。壁には古代文字のような文様が刻まれ、崩れた石段がさらに奥へと続いていた。
そして、あちこちに淡い光が浮かんでいた。
小さな泡のような光だ。
泡は地面の石から湧出し、湧き出ては消えるを繰り返してして。
「これは……光の泡?」
古い本に書かれていた。
黄金の龍が力を使い果たしたとき、身体は光の泡となって消えていったと。
この光の泡が、六千年もの間、この洞窟を支え続けてきたのだろうか。
俺は周囲を見回した。
ここが本当に、黄金の龍が最後にいた場所なのか?
胸の奥が高鳴る。
「進んでみよう」
不安こそあったものの、胸の高鳴りが少年の足を進ませた。
遺跡の中は、外から想像していた以上に広かった。
ノアはランタンを掲げ、足元に注意しながらゆっくりと奥へ進んでいく。入口から続く通路は、ところどころ天井が崩れ、大小さまざまな岩が床に散らばっていた。壁や天井には鍾乳石が幾重にも伸びている。しかし、その一部は不自然なほど滑らかに削られ、まるで誰かが手を加えたかのように石柱や壁の装飾へと姿を変えていた。
「ここ、本当に自然に出来たものかのか……?」
ノアはランタンを近づけ、壁面をじっくりと観察した。
そこには、見たことのない不規則な紋様がいくつも刻まれていた。渦を巻くような線や、幾重にも重なる円、細部は風化していたが、不自然なほど人工的であった。
ノアは持ってきた手帳を取り出し、気になった紋様をひとつずつ写し取っていく。修理工房で古い書物を扱ううちに、古代の文字や装飾にも興味を持つようになっていた。もちろん、ここに刻まれたものをすぐに読み解くことはできない。それでも、六千年もの昔に作られたかもしれない遺跡を自分の目で見ている。その事実だけで胸が高鳴った。
しばらく進むと、通路は少しずつ広がり、やがて天井の高い空間へと出た。
そこには、何本もの石柱が並んでいた。柱の表面には細かな彫刻が施され、床には円形の模様が広がっている。中央には祭壇のような台座があったが、長い年月のせいか、その一部は崩れ落ちていた。
ノアは周囲を見回しながら、慎重に台座へ近づき、台座の肘掛けを撫でながら呟いた。
「明らかにここは人が手を加えている、何かの儀式ために作ったものかもしれないか……」
床に刻まれた模様を調べようと膝をついた、そのときだった。
ふわり。
視界の端で、小さな光が揺れた。
顔を上げると、淡い金色の粒が空中を漂っていた。ひとつだけではない。石柱の隙間や天井の近くにも、いくつもの光が浮かんでいる。まるで夜空に散らばる星が、地上に降りてきたかのようだった。
「また、光の泡か……」
ノアは思わず手を伸ばした。
しかし、指先が触れる寸前、光の粒は意思を持っているかのようにふわりと遠ざかる。追いかけるように一歩踏み出すと、今度は別の粒が彼の周囲をゆっくりと回り始めた。
「きれいだな……」
思わず見入ってしまう。これほど不思議な光景を、これまで読んできた本の中でさえ見たことがなかった。
もっと近くで観察したい。できれば、この光について何か記録を残したい。そんな好奇心が湧き上がる一方で、ノアは自分が今いる場所を思い出し、慌てて手帳をしまった。
ここは人の立ち入らない古代遺跡だ。何が起きてもおかしくない。
そう自分に言い聞かせ、再び奥へと進み始める。
やがて通路は二手に分かれた。片方は天井が崩れ、先へ進むことができそうにない。もう片方には、古びた石扉が半ば開いた状態で残されていた。扉には、先ほど見たものとよく似た龍の紋様が刻まれている。
ノアは扉の隙間から中を覗き込んだ。
その先には、さらに奥へ続く暗い通路が伸びている。ランタンの明かりでは、その終わりまでは見通せない。
「こっちに何かあるのかな……」
一瞬ためらったものの、ここまで来て引き返す気にはなれなかった。ノアは肩にかけた鞄を背負い直し、石扉の隙間を通り抜ける。
その直後だった。
――ズル……ズル……。
奥の暗闇から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。
水滴の落ちる音とは違う。重く、湿った何かが石の床を擦る音。ノアは足を止め、ランタンを前方へ向けた。
「……誰かいるのか?」
返事はない。
もう一度、音がした。
ズル……ズル……。
今度は、先ほどよりも近い。
ノアの背中に冷たいものが走った。人がいるのなら声をかけてみたい。だが、ここまで誰にも会わなかったことを考えれば、普通の探検者とは限らない。
「気のせい……だよな」
そう呟きながらも、ノアは腰に下げた小さな道具袋に手を添えた。武器らしい武器は持っていない。せいぜい、旅の途中で使うためのナイフがあるくらいだ。
それでも、ここで何も確かめずに帰ることなどできなかった。
ノアは息を殺し、音のする方へと一歩ずつ進んでいく。
やがて通路の先に、広い空間が見えてきた。
ランタンの明かりが、その入口を照らす。
そして、その暗がりの奥で――何か巨大なものが、ゆっくりと動いた。




