ヴィクトル商会
ノアが旅立つ数時間前
「ノア君。もし本当に私の依頼を受ける気があるのならば、これを持って私の商会へ来なさい」
ヴィクトルはそう言うと、懐から一枚の封筒を取り出した。
「地図は商会にある、遺跡の調査を依頼するにあたって、正式な手続きもしておきたいからね、これを渡しておこう」
ヴィクトルは封筒をノアの前に差し出した。
中には一枚の便箋が入っている。そこには短い文章が記され、最後にはヴィクトルの名前が流麗な筆跡で署名されていた。
「私の紹介状だ。商会に着いたら、荷受けを担当している者にこれを見せるといい。そうすれば私のところまで案内してもらえるはずだ」
ノアは受け取とるが、どうしよかと悩んだ後、懐へしまった。
「では、君が来るのを楽しみに待っているよ」
ヴィクトルはそう言い残したのち店を後にした。
ノアはあまりに突然に起きた情報量を処理できず、ポカンとした表情でヴィクトルの背中を眺めるのであった。
翌朝。
店を後に、ノアは振り返らずに歩き出した。
向かう先は、町の中心部にあるヴィクトルの商会だった。
商会の建物は、町の中でもひときわ大きく、立派な造りをしていた。正面には大きな看板が掲げられ、荷馬車が何台も出入りしている。忙しそうに働く商会の人間たちが、荷物を運んだり、帳簿を確認したりしていた。
ノアはその様子に少し気圧されながらも、建物の脇にある荷受け口へと向かった。
そこでは、大柄な男が荷物を運び、細いが身なりの良さそうな男が帳簿と睨み合いしていた。
どうやら荷受け中のようだ。
「あの……すみません」
「ん? なんだ?」
大柄な男は手を止め、ノアを見た。
「ヴィクトルさんにお会いしたいのですが……」
その言葉を聞いた男は、ノアの頭から足元までをじろりと眺めた。
「なんの用だ?」
「はい。お約束というか……」
「坊主、ここはお前の遊び場じゃないぞ」
男は呆れたように鼻を鳴らした。
「あ、あの!」
ノアは慌てて声を上げた。
男の言葉に押され、すっかり忘れかけていた。ヴィクトルから渡された紹介状のことを。
「これを見ろと言われています」
ノアは懐から封筒を取り出し、男へ差し出した。
「なんだ……何処かの商人ンのとこのガキか……ガキなんか遣わせずテメェ自身で来やがれってんだ……」
男は面倒臭そうな様子で封筒を受け取った。
怪訝な顔で封筒の署名を見た途端、その表情が変わった。
「……あぁん?」
そこにあったのは、間違いなくヴィクトル本人の直筆の署名だった。商会の主人とも呼べるような人間の署名、腐っても商人である男は見逃さなかった。
「ヴィクトル本人の……直筆?」
「どうした、ガレス」
帳簿を付け終わったらしく、細めな男が声を掛けてきた。
どうやら、大柄な男の名はガレスと言うらしい。
「いやな、このガキがヴィクトルに合わせろって言って来てんだわ、しかもヴィクトル本人のサイン入り封筒を手持ちにしてな……」
「なに?本物か?」
「見間違うわけねぇだろ……」
男は呆れながら封筒を渡した。
「ふむ…………本物ようだ、すまないが中身を確認してもよいかね?」
「あっはい」
ノアは反射的に頷いた。
「なるほど……これは私達宛だね…ノアという少年が訪ねて来たら私のところまで連れてくるようにとある、丁重にもてなせとのことだ」
「なんだよ、今度はガキの遣いかよ、確か最近は古い本を漁るのが趣味で修理屋のガキを偉く気に入ってそうだが…相変わらず人遣いの荒い……」
「ガレス……この時点で彼はお客様だよ……言葉遣いをだね……」
「そう言うことなら、あとはお前に任せるわクラウス、荷受けは済んだことだしな」
そう言うと大柄の男はそそくさと去って行った。
まったく、と細身の男は呟きながら視線をノアに向けた。
「恥ずかしい所を見せてしまい申し訳ありません、私はヴィクトル商会の帳簿を預かっておりますクラウスと申します、ご案内いたしますので、少々お付き合いください」
ノアはクラウスと言う男に従い、個室へと案内された。
「こちらで暫しお待ち下さい」
ノアはその場に取り残され、落ち着かない様子で辺りを見回す。
(本当にこれで会えるんだろうか……)
今まで気ままに話していたからか気づかなかったが、
紹介状といい、男達の反応といい、ヴィクトルは本当はかなり地位のある人なんだなと、ノアは実感していた。
それから数分後。
「お待たせしました」
クラウスと名乗った男が戻ってきた。
「こちらへどうぞ。ヴィクトル様がお待ちです」
男に案内されるまま何人もの従業員が忙しそうに行き交う廊下を進む。やがて男は、奥まった場所にある立派な扉の前で足を止めた。
男が扉をノックする。
「ヴィクトル様、ご紹介状をお持ちのお客様をお連れしました」
「入ってもらってくれ」
中から聞き覚えのある声が返ってきた。
扉が開かれ、ノアは緊張した面持ちで部屋へと足を踏み入れる。
そこには、落ち着いた様子で書類に目を通していたヴィクトルの姿があった。
「やあ、ノア君。ここに来たと言うことは、依頼を受けてくれると思っていいのかな?」
ヴィクトルは顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい、親方には反対されましたが…その依頼、受けます!」
「なるほど、エドガーさんの理解は得られなかったのか…
まぁ仕方ないじゃないか、人生は決断しなければならないことの連続だが、その決断全てを他人に納得させる事はあまりにも困難だ。さあ、君の覚悟が変わらぬうちに遺跡までの道のりや調査について、詳しく話そうじゃないか」
促されるまま、ノアは部屋の中にある椅子へと腰を下ろした。
こうしてノアは、ルクスヴェイン遺跡へ向かうための正式な依頼を受けることになるのだった。




