旅立ち
「駄目だ」
エドガーの返事は、あまりにも早かった。
「えっ……でも、まだ説明の途中なんだけど……」
「説明するまでもない。そんな場所へ行かせるわけにはいかん!」
その日の仕事が終わったあと、俺はエドガーにルクスヴェイン遺跡のことを話した。
黄金の龍が最後に姿を消した場所であること。古い書物に名前が残されていたこと。そして、ヴィクトルから遺跡の場所を教えてもらったこと。
俺は、できるだけ落ち着いて説明したつもりだった。
けれど、エドガーの表情は最初から険しかった。
「遺跡には魔物が出ることもある。古い建物が崩れる危険もある。そんな場所に、お前ひとりで行かせられるか」
「でも、ただの洞窟じゃないんだ。黄金の龍が最後にいた場所なんだよ。もしかしたら、伝説の手がかりが残っているかもしれない」
「伝説のために命を危険にさらすつもりか」
「そういうわけじゃ……」
「なら行くな」
エドガーは作業台の上に置いてあった工具を片づけながら、俺の方を見ようともしなかった。
俺は唇を噛んだ。
エドガーが心配してくれていることはわかる。
俺を育ててくれた人だ。
だからこそ、反対されるのは予想していた。
それでも、諦めきれなかった。
「親方なら……」
「何だ」
「親方なら、俺が旅に出ることを納得してくれると思ったんだ」
エドガーの手が止まった。
「旅に出る?」
「うん。いつかは、この街を出てみたいと思ってた。いろんな場所を見て、いろんなものを知りたい。黄金の龍の伝説だって、ここにいるだけじゃ調べられることに限りがあるし……」
「それと今回の遺跡行きは別の話だ」
「別じゃないよ。俺はずっと、外の世界を見てみたかったんだ」
「なら、なおさら今じゃない」
エドガーが振り返った。
その顔には怒りというより、苦しそうな色があった。
「お前はまだ経験が足りない。修理の腕だって、ようやく一人前に近づいてきたところだ。旅に出るなら、もっと準備をしてからにしろ」
「いつになったらいいんだよ」
「何?」
「いつになったら、俺は自分で決めていいんだよ!」
言ってから、しまったと思った。
エドガーの眉がわずかに動く。
「ノア。お前が何をしたいのか、俺は否定しているわけじゃない」
「でも、いつも駄目だって言うじゃないか」
「お前のためを思って言っている」
「俺のためって……!」
声が大きくなる。
普段なら、こんなふうに言い返すことはない。
人と争うのは苦手だ。相手の機嫌を損ねるくらいなら、自分が我慢した方がいいと思ってしまう。
けれど、このときばかりは引けなかった。
「俺だって、もう子供じゃない。親方の手伝いだってしてきた。修理の仕事だって覚えた。何もできないわけじゃない!」
「そういう問題じゃない!」
エドガーの声が店に響いた。
俺は思わず肩を震わせた。
「お前がどれだけ仕事を覚えたかは知っている。だからこそ、危険な場所へ簡単に行かせるわけにはいかん。お前に何かあったら、俺は――」
そこで、エドガーは言葉を切った。
その先を、俺は聞くことができなかった。
「……もういいよ」
「ノア」
「親方がそう言うなら、もう何も言わない」
俺はそれだけ言うと、店の奥へ引っ込んだ。
本当は、謝りたかった。
言い過ぎたこともわかっていた。
けれど、今さら戻って何を言えばいいのか、わからなかった。
その夜、俺はほとんど眠れなかった。
窓の外を眺めながら、何度も考えた。
エドガーの言うことは正しい。
遺跡が危険なのもわかっている。
それでも、行きたい。
自分の目で見てみたい。
伝説の龍が最後にいた場所を。
それに、いつまでもこの街にいるだけでは、何も変わらない気がしていた。
翌朝。
まだ街が眠っている時間に、俺は荷物をまとめた。
食料と水、それから修理道具を少し。護身用の短剣も腰に差した。
机の上には、エドガーに宛てた短い手紙を置いた。
何度も書き直したが、結局、長い言葉にはできなかった。
『親方へ。
勝手に出ていってごめんなさい。
でも、どうしても自分の目で確かめたいことがあります。
必ず戻ります。
ノア』
書き終えると、俺はしばらくその手紙を見つめていた。
それから、店の扉をそっと開ける。
振り返ると、いつもと変わらない店の中が見えた。
エドガーが仕事をしている姿が、目に浮かぶ。
「……行ってきます」
小さく呟いて、俺は街を出た。
ノアが去ったのを見計らい、エドガーはノアの手紙を拾うのであった。
「やっぱり行っちまったか……頑固なのは誰に似たんだか?」とエドガーはしみじみ思うのであった。




