修復師の弟子-ノア-
俺が育ったのは、セレスタという小さな街だった。
エルディナ大陸の内陸部にある、商人や職人が行き交う街だ。大きな港も、王都のような華やかさもない。けれど、街道が交わる場所にあるため、旅人や行商人が立ち寄ることは多かった。
俺には、両親の記憶がない。
物心つく前に亡くなったらしい。生まれたばかりの俺を引き取ってくれたのが、エドガーという男だった。
エドガーは街で鍛冶屋兼修理屋を営んでいた。
身体は大きく、腕も太い。顔にはいくつもの傷があり、黙っていると少し怖い。けれど、仕事に関しては誰よりも丁寧で、壊れたものを見れば、どんなに古いものでも直そうとする人だった。
俺はその店で育った。
小さい頃から、鍛冶場の熱と金属を叩く音が身近にあった。店の奥には修理を待つ道具や家具、時には古い装飾品まで積み上げられていて、俺にとってはそれが当たり前の景色だった。
「ノア、そこを押さえてろ」
「う、うん」
「力を入れすぎるな。壊れた箇所を無理に戻そうとすれば、余計に傷む」
「わかった」
エドガーは口数こそ少なかったが、仕事を教えるときは根気強かった。
俺は彼の手伝いをしながら、少しずつ修理や修復の技術を覚えていった。古い道具を分解し、傷んだ部品を交換し、欠けた部分を補う。壊れた本の表紙を直したり、破れたページを丁寧につなぎ合わせたりすることもあった。
そうした仕事は嫌いではなかった。
むしろ、好きだった。
長い年月を経て傷んだものが、少しずつ元の姿を取り戻していく。その様子を見るのは、何だか嬉しかった。
ただ、俺にはもうひとつ好きなものがあった。
黄金の龍の伝説だ。
それを知ったのは、まだ小さな子供の頃だった。
ある日、街の広場に旅の吟遊詩人がやってきた。名前はセシル。彼は古びた竪琴を抱え、夕暮れの広場で歌を披露していた。
その日の歌が、黄金の龍の物語だった。
六千年前。
この世界には、ひとつの大きな大陸しかなかった。
そこには四つの国があり、長い年月にわたって争いを続けていたという。戦いは次第に激しさを増し、国々の土地は荒れ、人々の暮らしは壊れていった。
その争いを終わらせたのが、一頭の黄金の龍だった。
黄金の龍は、自らの命と引き換えに大いなる力を解き放ち、ひとつだった大陸を五つに分けた。
それによって戦は終わり、人々は新たな土地で暮らし始めた。
その龍の名は、アウレリア。
あるいは、オーレリア。
歌の最後、セシルは静かに竪琴を鳴らしながら、こう歌った。
――光の泡となりて、龍は世界の底へと還った。
その歌を聴いたとき、俺は胸が熱くなるのを感じた。
自分の命を犠牲にしてまで、争いを終わらせた龍。
その龍が最後に消えていったという、光の泡。
どれも、子供だった俺には不思議で、眩しくて、そして少し悲しい話だった。
「ねえ、セシルさん。その龍は、本当にいたの?」
歌が終わったあと、俺はそう尋ねた。
吟遊詩人は目を細め、穏やかに笑った。
「さあね。六千年も昔の話だ。伝説と呼ぶほうが正しいのかもしれない」
「でも、いたかもしれないんだよね?」
「そうだね。そう信じるのも、悪くない」
その言葉が、ずっと心に残った。
それから俺は、黄金の龍について調べるようになった。
古い本を読んだり、旅人から話を聞いたり、街の書庫で伝承を探したりした。もちろん、すべてが同じ内容ではない。龍の姿や、戦が終わった経緯、五つの大陸が生まれた理由など、書物によって少しずつ違っていた。
それでも、俺は調べることをやめなかった。
エドガーから教わった修復の仕事とは別に、俺にとって黄金の龍の伝説は、ずっと追いかけていた憧れだった。
「またその本か」
ある日の夕方、店の片隅で古い本を読んでいた俺に、エドガーが声をかけた。
「そうなんだけと、前に見つけた本とは違う話が載ってるんだ」
「変なもんが好きだな、、おまえも
まっ、人の好きなものに口出しするべきじゃねーしな。
仕事が終わってからなら好きにしろ。だが、明日の修理に使う道具は片づけておけよ」
「わかった」
エドガーは呆れたように鼻を鳴らしたが、俺が伝説を調べることを止めたことはなかった。




