新生活は小姓部屋から(4)
「……シェリー殿は、何を、考えてるんですか?」
「……何か、してしまいましたか」
唸るように言ってしまい、シェリーが恐縮した様子で姿勢を正した。
怒っているわけではない……怒っているわけではないが、このご令嬢はエドガーの想像を毎度飛び越えてくる。
「まず一つ目。鍵はかけなさい」
「すみません」
シェリーは間髪入れず謝ってきた。
「二つ目。そのような格好で、昨日今日知り合ったばかりの男の前に出ない」
「すみません! お見苦しいものを……」
「……そういう意味で言ったわけではなく。無防備ではないかと、言いたいのです」
羞恥というよりも顔を青ざめさせたシェリーに、どこまで説明させるのだろうと思いつつ、エドガーは付け足した。
シェリーはパチパチと目を瞬かせ、数秒後にその顔がボンッと赤くなった。ようやく意味がわかったのだろう。口を開けてわななく様子に、彼女もこういう反応をするのだなと新鮮な気持ちになる。
「おっ……お気を使わせてしまい、すみません! その、服が、最低限しか持っておらず、寝るときのものはこれしかないのです」
「そうでしたか。……そうですよね、急いで出国されたのですし。こちらこそ気付かずにすみません。近々、城下に下りて必要なものを揃えに行きましょう」
エドガーは自分の発言を少し後悔した。考えればわかるはずだった。
しかしそれとこれとは別に、彼女がこういったことに無頓着な部類の人間だとわかってきている。
ここは魔族の住まうユートリア国。ヒトである彼女にはきちんと説明しておかなければならないと、エドガーは使命感のようなものに駆られた。
「シェリー殿、よければ一緒に夕ご飯としませんか? まだ説明しておかなければならないことに思い当たりました」
「よろしくお願いします」
幸い、エドガーの部屋にあるテーブルは四人用で椅子もある。リトやローディが来て酒盛りを始めるから、いつの間にか勝手に運び込まれていた。
エドガーはシェリーを椅子に座らせ、自分は棚の引き出しを探る。
「よければ俺のカーディガン、羽織ってくださいますか?」
黒いカーディガンを差し出すと、シェリーは申し訳なさそうに受け取り、羽織った。彼女が着るとだぼっとしたロングカーディガンになり、体のシルエットも隠れる。袖は余り、細い指先がちょこんと出た。
「俺のもので悪いですが、しばらく部屋着にでも使ってください」
「えっ。あ、ありがとうございます」
シェリーは恐縮した様子で、しかしエドガーの厚意を丁重に受け入れた。それに満足感を覚えたエドガーは、机の上に夕食を用意していく。シェリーがカーディガンの襟を掴み、「なんだかいい匂いがする」と呟いたのが聞こえ、スープの保存容器を倒しそうになった。
人の服の匂いを嗅ぐな! と思ったが、言えない。
メイン料理はスープ容器に入ったボルシチだった。ゴロリと大きな牛肉を中心に、セロリや玉ねぎなどの角切りされた野菜がたくさん入っている。他にもサラダやソーセージにナゲット等、大食漢のエドガーのため多めに用意してくれているようだ。
「いただきましょう」
エドガーとシェリーは対面に座り、夕食とした。やはり、シェリーは綺麗な所作で食事をする。感心して見つめながら、エドガーは彼女の倍ほどの量をすぐに食べ終えた。まだ半分ほど残っている彼女は驚いた様子でエドガーを見つめてくる。ニコ、と見つめ返して微笑んだ。
「食べながら聞いてくださいね。俺たち魔族は、ヒト族と比べてかなり数が少ないことはご存じですね?」
シェリーがこくりと頷いたので、そのまま話を続ける。
「それは出生率によることも知って――いるのですね。重要なことなので率直に言いますが、魔族同士だとどうしても妊娠率が低いのです。相性もあるのですが。しかし、相手がヒト族だと変わります。魔力の質が影響していると言われていますが――俺がシェリーさんに言いたいのはですね、貴女は、子どもを持ちたい魔族の男にとって大層魅力的だということです」
エドガーは早口で喋った。シェリーの反応を慎重にうかがう。彼女は目を丸くして、ゴキュ、と変な音を立てて飲み込んでいる。
「シェリーさんは強く、若く、美しい。それを自覚してくださいね。……すごくお節介だとは思うのですが、なんだか、そういったことに対して鈍そうですから」
心配なのである。
シェリーは大きく息を吸い込んで、静かに息を吐いた。
「わ、私が、この国では魅力的になると……」
この国でなくとも魅力的だろうが。――と思ったが、エドガーは口をつぐんだ。
「心に留めておきます。言いにくいお話をしてくださって、ありがとうございます」
ひどく真面目な顔をしてシェリーは頷いた。
本当にわかってるのだろうか。やはり心配である。
「もう一つ。俺自身についてなんですが……魔族には種族があるのはご存じですよね。俺はこの見た目ですが、淫魔族です」
シェリーはきょとんとした。エドガーはじっと返事を待つ。
「淫魔族って……魔族のなかでも珍しい種族ですよね?」
気になるのはそこか? と思ったが、エドガーはゆっくり頷く。
「他者を誘惑することに長け、人によっては意のままにすることもできます」
どのような手管で相手を堕とすかについては、想像を膨らませてもらいたい。エドガーはゾッとするような薄ら笑いをあえて浮かべた。
シェリーはその視線を受け止め、真面目な顔を崩さずに頷いた。
「なるほど、理解しました。だからこそ私の面倒を、エドガー様が見てくださるのですね」
「……。と言いますと?」
「私がユートリア国に害する者であったとしても、いざという時はエドガー様が私を堕として操り人形にする。あとは如何様にも使えるし、エルラン国の情報を引き出せる。そういうことですね? 納得です」
それはそうだが。
エドガーは数秒、天井を見つめた。
ほしかった反応はそれではなかった。続き部屋にいるエドガーは危険な男であるので、少しは異性として警戒しろ……という気持ちだった。
「……違うのでしょうか?」
「いえ。……まぁ、そういった面も、ありますかね」
「そうですよね! エルランの小娘が突然やって来たのにも関わらず入隊試験もしてくださるし、待遇やお気遣い等こんなによくしてくださって、おかしいと思ったんです。腑に落ちました」
シェリーは元気溌剌に言う。
「シェリー殿が素晴らしい人材だからですよ。人手不足ですしね」
それに新しい風が吹いて面白そうだから――という周囲の期待である。
「しっかり働いて、お役に立てるよう頑張ります!」
シェリーはばぁっと笑った。普段は気高く咲いた白百合のような雰囲気の彼女だが、こうして笑うと向日葵のような明るく可愛らしい雰囲気になるので不思議である。
エルランの王家はどうして、彼女のような優秀で素直で可愛らしい女性を、わざわざ婚約破棄などしたのだろうか。しかもほかの男にあてがおうなど、彼女をモノとしてしか見ていない。
彼女の献身に胡座をかいていたのではないか。
「はい。期待しています」
もう、シェリーはユートリアのものだ。
男女の機微にはひどく疎そうだが、そこはエドガーがフォローしてやったらいい。何せ直属の上司なので。
明日から楽しみだと、心が躍るのはいつぶりだろうと思った。




