発揮せよ実力、そうこなくては新人イビリ(1)
さて翌日。シェリーはエドガーとともに軍部の各部署に挨拶回りをした。一番隊から十番隊まであり、それぞれ隊長と副隊長がいて、隊の中でも便宜的に部隊をいくつか分けている。ここは国の防衛機関でもあれば、魔の森から発生する魔獣退治も担っていた。魔獣は脅威であるが貴重な資源でもあり、獲れる素材はもちろん、たまに魔石を持つ個体もいるのだそうだ。
移動がてら、エドガーはそういったことを説明してくれた。
「シェリー殿も、そのうち魔獣退治に行きましょうね」
「はい! よろしくお願いいたします」
戦力と見なしてくれていることが嬉しく、みなぎるやる気を込めてエドガーを見上げると、彼は優しく微笑んでくれた。
初対面のときは無表情な人だと思ったが、案外笑ってくれる人だった。そして面倒見がよくて優しい。
ちょうど通りすがりの男性が、エドガーを見て持っていた書類をバサバサと落とした。シェリーは拾うのを手伝う。服装を見るからに軍属ではなく、文官のようである。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
男性はエドガーとシェリーを順繰りにチラリと見て、顔を伏せた。頬が赤く、「えがお……」と小か細く呟いている。
シェリーは彼の気持ちがよくわかる。
凄まじく顔のいいエドガーが笑うと破壊力がすごいのである。
「とりあえず挨拶も終わりましたし、今日の昼食からは食堂を使いましょうか」
「はい。ありがとうございました」
エドガーと一緒だったからだろうが、隊長たちは皆シェリーに冷たい態度など見せず、穏やかで友好的であった。内心はわからないが、理性的な方たちであることは確かだ。
エドガーは十の隊を統括する軍隊長で、自身の隊は持っていない。本人は偉い席に座らされている雑用係だと言う。そんなことはないだろうが、結果的にこなしている雑務が多いのも事実だ。
「エドガー様、私のことはシェリーと呼んでいただけますか? 部下ですので」
常々気になっていたことを言ってみると、エドガーは無表情に見える顔でシェリーを見下ろした。これはたぶん、考えている顔である。
「そうですね……では、シェリーさんとお呼びすることにします」
シェリーが微笑むと、つられるようにエドガーも微笑した。
入隊してからの一週間、シェリーは親鳥を追うようにエドガーに付き従い、食事も共にし、事務仕事に励んだ。魔獣についても学び、その討伐方法やこれまでの事例を頭に入れる。自由時間は筋トレや素振りなど、自主鍛錬に勤しんだ。
エドガーと過ごす時間が多く、友好も少しは深まったと思う。彼はいつも丁寧で、感情の起伏をあまり悟らせない。シェリーの面倒をみなければならない煩わしさはあるだろうに、ほんの欠片も感じさせなかった。上司としてできた人である。
そして二週間目、いよいよシェリーは訓練にも参加することになった。
訓練になるとエドガーは一番隊に混ざるらしく、シェリーもそうさせてもらうことにした。
「エドガー軍隊長雑用係、シェリーです。本日より、一番隊の皆様の訓練に参加させていただく所存です。何卒、よろしくお願いいたします!」
シェリーがお辞儀をすると、パチパチとまばらに拍手をくれる。皆、表情はにこやかなので、シェリーはほっとした。
男女比は八対二くらいで、どこの隊もこれぐらいだという。軍に志願する、および合格ラインに達する女性は少ないと言っていた。
(足手まといにならないよう、頑張らなくては)
まずは準備運動やジョギング、素振りや打ち込み等の基本的なトレーニングを行った。不安もあったがシェリーは難なくついていけた。
そのあとの、開発中の魔法や剣技についての発表や相談の場面で、待ってましたとばかりにシェリーは質問攻めにあった。特に女性隊士からである。
「エドガー隊長とやり合ってたときの身体強化の魔法、あれ、どういう仕組み?!」
「私も知りたい! レイピアであの隊長との剣戟。隊長の剣ってかなり重いのに、受け止めたりさばいてたじゃん。どうなってるの?」
シェリーはほんの一瞬、エドガーを探した。彼は遠くにいて、いつもの無表情でこちらを眺めていた。
おそらく勝手に動いていいということだろう。
「基本的には風魔法なんです。女の身ではやはり力で劣るので、魔法で身体能力の強化と補助をしています」
シェリーは地面に魔法陣を展開した。幼少のころから編み続け、改良を重ねてきたそれは複雑精緻な魔法陣になっている。シェリーには馴染みのものなので、わざわざ紙や魔法石に刻印しなくとも自力で顕わせられるが、普通はこんな魔法陣をポイと展開できない。
「レイピアのほうにも魔法をかけます」
もう一つ、また複雑な魔法陣を地面に展開した。
「これでレイピアも強化されます。ちゃんと検証したことはないのですが、大剣にも負けない強度と重さを纏っている……と思います」
皆、無言で魔法陣を眺めている。遠くにいたエドガーもこちらに近寄ってきて、魔法陣を凝視した。なんだなんだと興味が無かった人たちも寄ってきて、いつの間にか大所帯になっていた。
「この二つを常時発動させておくのですか?」
エドガーに訊ねられ、「そうです」と応えると、あたりに沈黙が落ちた。
皆がしぃんとしてしまっているため、何となく不安になる。
「なるほど。予想以上ですシェリーさん」
隣に来たエドガーがやわらかく言う。どういう意味だろうとシェリーが見上げると、彼は目を細めた。
シェリーの方に屈んできて、耳元で囁く。
「褒めてます」
訓練中で汗をかいているはずなのに、ふわりといい匂いがしてシェリーは硬直する。甘いような艶やかな、男の人の匂いである。
声だってわざとらしかった。いつもの平坦な声音でなく、ざらりと撫でられるような不思議な声だった。
目を見開いてエドガーを見るシェリーに、彼は悪戯が見つかった子どものようにクスッと笑った。
「ほんとシェリーさんは、面白い反応をしますね」
やっぱり、わざとだった。
唖然としてエドガーを見上げるシェリーは、皆から注目を浴びていることに気付いた。ある人は驚いた様子で、また違う人は顔を赤らめて、エドガーとシェリーを見つめている。
シェリーはどう反応すればいいのかわからなかった。
わからないことだらけであるが、さっきのような、落ち着かない沈黙は霧散している。エドガーはそれを狙っていたのだろうと気付いた。
「さて。シェリーさんの魔法について、ほかに質問はありますか?」
エドガーが言うと、皆ははっとして視線を泳がせる。
その中で、一番はじめに魔法について訊いてきた女性隊士と目が合った。
「えーと、今はありません。また今度ゆっくり教えてもらいたいです。……いいですか?」
「はい! もちろんです」
彼女の名前はマデラというらしい。母国には女性の正式な騎士や軍人がいないので、同僚というだけでワクワクする。シェリーも色々な話を聞いてみたい。
「ではシェリーさん、早速ですが模擬戦をしてもらっていいですかね?」
エドガーがそんなことを言い出した。他の隊員も少しざわつく。
一番隊隊長のユーゴが進み出て、厳つい顔をニカッと綻ばせた。
「試験ではないから安心してくれ。軍隊長との手合わせはあっという間だったし、もっと君のことを知りたいと思ってな。いいだろうか」
「わかりました」
シェリーがすんなり了承すると、ユーゴ隊長は満足げに頷いた。彼が「サイモン」と後方に声をかけると、精悍な若者が進み出てきた。獣耳をもっているので獣人族だろう、体格も大きく、ひと目見て強そうな人だと感じる。
「武器は訓練用の木刀のまま、魔法はもちろん使用可能、勝負は決定的な一打か、俺の制止が入るまで。いいな?」
「はい。よろしくお願いします」
シェリーはサイモンにお辞儀をした。彼も会釈を返してくれる。少し開けた場所へ向かい、お互い構えた。
「二人とも手加減無用。――それでは、はじめ!」
シェリーが魔法を纏うのと同時に、サイモンが先制攻撃をしかけてきた。魔法が発動するまでの隙を狙ってのことだろう。シェリーは彼の攻撃を受け流し、一旦後ろに飛び退くと、突撃の姿勢に変える。
シェリーが一歩踏み出した数秒後、勝負がついた。
サイモンは、喉元に木刀の切っ先を当てられて固まっていた。
「俺の負けです。……お強い」




