発揮せよ実力、そうこなくては新人イビリ(2)
シェリーがサイモンと手合わせして勝利した話は瞬く間に広がり、それからしばらくシェリーは各隊に引っ張りだこになった。
『是非我が隊でも手合わせを!』である。
エドガーには『いってらっしゃい』と背中を押され、シェリーは十戦中十勝している。
とは言え、流石に隊長や副隊長との手合わせはしていない。
それにシェリーは、この勝利は初回だけのものだと思っている。皆、シェリーの戦い方に慣れていないだけのビギナーズラック。自分の実力だと過信はできない。
「いやいや、シェリーさんかなり強いですよ。うちのサイモンさんって、若手の中では一番の実力者なんですよ? 手抜きなんてしませんし、慢心するような人じゃありません」
「サイモンさんがかなりお強い方なのはわかります。もう一度手合わせいただけたら、今度は負けると思います」
「シェリーさんって謙虚ですねぇ」
しみじみといった風に言うのはマデラである。この数日間で、シェリーはマデラをはじめとする女性隊員たちと仲良くなった。マデラは黄色地に黒い斑点模様の獣耳を持ったヒョウの獣人族で、明るく活発な女性である。くりくりとした目が可愛く、身のこなしがとてもしなやかだ。
彼女のおかげで知り合いが増え、大浴場も気兼ねなく使えるようになった。エドガーの部屋のシャワー室を借りるのは心苦しかったので、気持ちがかなり軽くなったのである。
「うーん……前回、決着自体は早くついたんですが、紙一重だったんです。次からもうあの突撃は使えませんし、防戦一方になる予感がします」
サイモンとの手合わせは、ほんの一瞬、シェリーが素早さで上回った隙をついた決着だったのである。今度は相手も対策を練ってくるだろうし、そうなれば身体能力も経験も上のサイモンに軍配が上がるだろう。
考えれば考えるほど、前回がまぐれだったと思う。
「そうやって何度もシミュレーションするんですね」
マデラに問われ、頷く。そうやっているうちに、新しい魔法の術式を思いついたりする。もちろん、やってみると失敗することばかりだが、試行錯誤を重ね何度も挑戦しているとあるとき完成する。だからこそ、戦うとき身に纏う風魔法は肌に馴染んでいる。
「シェリーさんって、エルラン国の王太子妃になる予定だったんですよね? こんなにお強いのは、まさか王太子妃教育の一環ですか?」
「いえ、当初の予定にはなかったはずです。我が国では私みたいな戦闘タイプを魔法騎士と呼ぶのですが、王子の婚約者になって検査したとき、その適正が過分にあると診断されまして。ならば王子をお護りする剣になれと、スケジュールに組み込まれたみたいです」
「……王子を護る、剣ですか?」
「そうですね。政治情勢の関わる政略結婚でしたし、王太子妃なんて王子の子を産むことが使命です。産み終えたら、もしくは産めぬ体であれば用無しでしょう。思えば、側妃を娶る可能性についても示唆されていましたしね。そこにもう一つの役割を与えようと考えたのではないでしょうか。再利用ってやつです」
幼少期から王室によって教えられ、言い聞かせられたその環境から、シェリーは最適解を導き出して淡々と説明した。
「……絶句」
「フフ。マデラさん、絶句って言ってる」
「戦闘訓練とは別に、王太子妃としての政治やマナーなども叩き込まれたんですよね?」
「はい」
「ものすごく、大変だったのでは……? 時間とかどうしていたんですか?」
「そうですね……大変だった、と思います。スケジュールは王室が決めていて、もうみっちり、ぎっしり、でした。もう倒れてしまいたいほどヘロヘロだったり、頭が破裂しそうなほど勉強したりも、しました。私の要領が悪かったのかもしれないです」
「いやいやいや」
マデラが引き攣った顔で首を振ってくれる。それにシェリーは苦笑して、ぽつぽつと昔のことが思い出されてくる。
「学校……そう、学校は、もうちょっとちゃんと行きたかったです。王子と同じ、国内最高峰の王立学校に通わせてもらったんですが、飛び級試験を併用して、必要最低限の単位だけ取得しました。ほかの時間は王太子妃教育と訓練にあてられて、王宮と学校を行き来するような生活でした。……今思えば、もうちょっと学園生活を楽しみたかったです」
元婚約者のアーサーは、王立学校でマリアンヌ・グロスターと出会い、恋に落ちたのである。王家が定めたスケジュールに縛られて忙殺されていたシェリーが気付いたときには、既に二人の仲は公然の秘密となっていた。
「元婚約者の王子は、そこで今の可愛らしい恋人と出会って恋に落ちたみたいなんです。可愛くて可憐な、まさしくご令嬢の中のご令嬢でした。私が気付くときにはもう、学園中が知っていたんですよ。王家の意向としては変わらず正妃は私に、ということだったので、彼女を側妃にでもするのかな……と思っていたんですが、王子は一途だったみたいです。婚約破棄に動きそうだったので、私もそれなりに準備をしました」
少しずつ、着実に準備をした。まるで人生をたたむかように財産の整理をし、いくつかは現金化し、持ち運びやすいように宝石などの稀少鉱物に変えた。
自分自身、薄情だと思っている。
王子や王家のことは正直、自分にできることは出し尽くしていたので何とも思っていないが、父や兄に対しては心残りがある。ハノーヴァ公爵家に生まれついた責務についてもだ。
けれど、シェリーがユートリア国で頑張ることは、回り回って祖国やハノーヴァ公爵領のためになる。そう願って……いや、確信を持って前に進むしか無い。
――と、過去を思い出しながらつらつら自分語りしていたことに気付く。
「すみません、色々と自分の話をしてしまって」
「いえ!」
マデラが力強い声を出したので、シェリーは驚いた。昼休み中の食堂で、いささか注目を集めている。
「お話してくれて……私は嬉しかったです」
「そうですか?」
「はい! このお話、エドガー軍隊長も知っていますか?」
「いえ、私から話してはいません」
ただ、いくつかは既に知っているような気がする。おそらくエルラン国に間諜がいるだろうし、数カ国を渡り歩く情報屋も使っているだろう。
マデラはやや難しい表情をしたあと、おそるおそる訊いてきた。
「このお話、エドガー軍隊長に知られても大丈夫ですか?」
シェリーについて、情報を集めるように言われているのだろうか。だとしたら、その許可をシェリーに訊ねるのは不自然である。
意図を図りかねて戸惑っていると、マデラが慌てた。
「あっ、シェリーさんからお話しますかね」
「いえ、訊かれない限りはわざわざ言いません」
「訊きたくてもなかなか訊けない話題なんですよねぇ、たぶん……」
「そんなものですか?」
きょとんとしてシェリーが言うと、マデラは重々しく頷いた。「そんなものです」
王太子妃教育中、教育係の面々や王室の雰囲気、社交の場や学園で、遠回しにあるいは直接的に言われてきたことだった。
シェリーにとって普通のことだったのである。
しかし、マデラは眉尻を下げていて、罪悪感の混じるこの表情はきっとシェリーを心配してくれている。
知り合ってからまだたった数日なのに、優しい。
シェリーは胸がきゅっとなった。こんな感覚はなかなか経験したことがなくて、自分自身に驚く。でも悪くない。
「でももうその役目は終わりました! 今の私は本当に勝手に生きていますし、毎日とても楽しいですよ。皆さんのおかげです。ありがとうございます」
「……私も嬉しいです! シェリーさんが入隊してくれて刺激的で、面白くって、楽しいですよ」
「フフ。刺激といえば、私のほうこそもらっています。これからも、よろしくお願いします」
シェリーはマデラと笑いあった。
思えば、志を共にする女友達と、こうして気兼ねなく笑い合うのは初めてのことだった。
婚約破棄の末はユートリア国に向かうと決め、様々な反発や困難があるだろうと想像していたが、蓋を開ければそんなことはない。むしろこんなに楽しくてよいのだろうか。
母国にいたときよりも心が軽い。
それが逆に、少し不安だった。




