発揮せよ実力、そうこなくては新人イビリ(3)
シェリーのスケジュールはエドガーに合わせており、午前に鍛錬、午後は彼の執務室で事務仕事をしている。エドガーは忙しいので在席している時間も多くはないが、シェリーはだいたい執務室にいる。部屋を離れるのは、各隊に書類を回収しに行ったり、政務部へ届けに行ったりするときぐらいだ。
今日もエドガーは各隊との会議や政務部に顔を出したりと忙しく、シェリーは一人で事務仕事をしていた。
コンコンコン! と慌てた様子で扉がノックされ、「どうぞ」と返事をすると入ってきたのは少年二人だった。シェリーとはあまり関わりがないが、軍で預かっている見習いの子どもたちである。全員が入隊希望というわけではなく、学校とはまた違う養成所のような取り組みをしているのだ。
「どうしました?」
「あのっ……」
シェリーが声をかけると、二人は顔を見合わせて口籠もった。本来ならばエドガーに用事があったのだろう。
黒髪の利発そうな子と、茶髪の俊敏そうな子。年齢は十三歳くらいだろうか。いつもはもう一人、角を持った金髪の男の子と三人組でいるのを見たことがある。
「ゼンが……友だちが! あの部屋にある魔法陣を間違えていじくっちゃって、動けなくなったんだ。シェリーさんは魔法が得意って……なんとかできませんか?」
「なるほど」
エドガーに助けを求めにきたものの、いないのでシェリーにお鉢が回ってきたらしい。
「わかりました。状況確認のため、案内してもらえますか? エドガー様は隊長方と会議中なのです。私にもできそうならばその場で対処いたします」
「お願いします!」
少年二人はとりあえずほっとしたらしく、肩の力を抜いた。
期待に応えられたらいいが……と、シェリーは彼らの後ろに続く。階段を下り建物を出て、鍛錬に使う訓練場のほうへ向かう。武器や備品を保管している二階建ての倉庫があり、その中へ入っていった。彼らはシェリーも使ったことのない部屋へ向かう。
「……こんなところで何をしていたんですか?」
「俺たち、武器の手入れをしていたんだ。それで、大人たちが使っているこっちの部屋って何があるんだろって気になって」
武器をしまっている部屋はいくつかあり、危険なものは鍵がかかっている。「ここです」と少年たちが指さしたのは、『東南B』とプレートが掲げられている扉で、金色の鍵穴がついていた。
「鍵があるはずですが?」
「……俺、鍵開けが得意で」
黒髪の少年は流石に後ろめたく言った。とんだ悪ガキである。
(お説教はエドガー様に任せましょう)
ふぅ、とため息をついたシェリーは扉を開けた。すると、弾けるような白い閃光に視界を焼かれる。ぎゅっと目を瞑ったとき、ドン!と背中を強く押された。二歩三歩たたらを踏むと、今度は二人分の手で再度背中を押される。かろうじて受け身をとりながら前方に転がり、後ろを振り向く。そのとき、床から青い光が輝いた。魔法陣の発動であるが、よく見えない。
白く焼かれた視界のむこうには、二人分の影と、床に屈んでいるもう一人分の影が見える。
「エルランの女のくせに、俺たちの国の軍に入るなよ!」
「エドガー軍隊長が許したからって、皆許してるわけじゃないからな!」
「一人でちゃんと帰ってきてみろよな!」
三者三様の叱咤がとんできて、シェリーは理解した。ここは転移魔法のゲート部屋で、今から『東南B』に飛ばされる。魔力量が多そうな角持ちのゼンという少年が、魔法陣を発動させる役で、シェリーを呼びに来た二人は誘導である。
体が転移魔法に包まれていく。
シェリーは彼らに向かって微笑んだ。
少年たちがどんな顔をしたか、シェリーにはわからない。
一瞬の浮遊感のあと、シェリーは木の床に座っていた。周囲を確認すると、広いログハウスの中のようだ。簡素なキッチンに暖炉、六人用のテーブルに椅子、隣の部屋にはリネンの類こそないが六台のベッドフレームもある。
扉の外を確認すると、森の中だった。ログハウスの周囲は開けているが、前後左右は深い森。
またログハウスの中に戻り、調べてみる。缶詰の食料が少しあり、戸棚の中には毛布などがあった。
おそらくここは魔獣討伐時に使う拠点だろう。あの転移魔法陣でここに来られるのも説明がいく。王宮に外部から転移できるのは問題があるので、こちらに転移魔法陣はないようだ。
となると、自力で戻るしかない。『一人でちゃんと帰ってきてみろよな!』という言葉のとおりである。
「――なるほど。これは、試練というやつですね」
シェリーへの反感はあってしかるべきものだ。
しかし有り難いことに皆が理性的で優しく、シェリーは肩透かしを食らっているような気持ちだった。
「新人いびり。そうこなくては……!」
シェリーの目がきらきらと輝きだす。ぐっと拳を握り、みなぎってくるのはやる気だ。
「しかし困りました。正確な方角がわかりません……」
外に出てログハウスの屋根に上り、風魔法を使って高くジャンプして見るも、高い木々の向こうを見渡すことはできなかった。鳥の目を借りる術もあるが、都合良く鳥が飛んでいるわけもなく。
きっとこのままここで待機していても、そのうちエドガーが事態に気付いて迎えに来てくれるだろう。
「でもそれじゃあ味気ない……」
できれば『戻りましたよ!』と笑顔で少年たちの肩を叩きたい。
しかし、正確な方角もわからぬまま、森を彷徨ってしまえばエドガーに迷惑をかけることが見えている。彼は上司で、面倒見がよく、そしてシェリーを見張らねばならない立場なのである。
「どうしましょうかね」
どうしても多くなってしまう独り言を呟いて、すたんと地面に飛び降りた。太陽はまだ傾き始めたばかりで、日没までには時間がある。
そのとき、ガサガサ……、と木の枝がこすれ、木の葉を踏みしめる音が聞こえた。
シェリーは警戒態勢をとる。ドスンドスンという足音がどんどん大きくなる。
しばらくして、森の暗闇から毛むくじゃらの獣がゆっくり現れた。姿形は猪に似ているがかなり大きく、体高三メートルくらいで、額に鋭利な角がある。暴れ一角猪と呼ばれている魔獣である。
「……なんと」
かなり攻撃的なタイプで、大量発生すると不味いので定期的に退治している魔獣である。報告書でも何度か目にし、座学でも学んだ。額にある角が素材として貴重である。
目の前の暴れ一角猪は、すでにシェリーを攻撃対象に定めたらしく、突進の構えをとっている。目が『殺るぞ』と言っていた。
「あなたがその気なら、私もその気で迎え撃ちます」
シェリーは暴れ一角猪に向けて静かに言った。そして構えようとして――
「あっ、レイピアがありません」
勝機と見た暴れ一角猪が、猛烈な勢いで突進してきた。




