急転直下(10)
ダズワード伯爵は思わず反応してしまったようだ。次女と三女がフレッドに迫っていたらしいので、そうもなろう。
「彼がたくさん証拠を集めてくれました。伯爵の計画は遺憾なことにどんどん進み、ついに実行に移されることになりました。二週間ほど前のことです。ユートリア北東部にある自治集落が襲撃されました」
「くっ……口ならなんとでも言える! でっち上げだ!」
サイモンはもう一度扉を開ける。そうするとゾロゾロと縄で縛られた者たちが入ってきた。搬入口から輸送してきた襲撃者たちである。床に座らせた彼らの周りを一番隊の面々が囲み、最後は商人も連れてこられた。
「捕縛した襲撃者たちです。そして、東の国の商人。彼は情報を渡す代わりに情状酌量を求めてきました」
「一蓮托生ですよ伯爵」
商人は諦めたような、それでいて下卑た笑いを浮かべている。
ダズワード伯爵は陛下を振り仰ぎ、悲壮感に満ちた声を張り上げた。
「こっ……これはシェリー嬢のでっち上げです! ユートリアと手を組んで冤罪を作り上げ、私を追い落とした功績で社交界に戻ろうとしているんですよ! この女こそ我が国の裏切り者、大罪人だ!」
エルラン国に戻るつもりはないのだけれど……と、シェリーは冷めた目で伯爵を見遣った。
「こちら、ユートリア国王リト・サタノディア様です」
シェリーの説明はほぼ終わったので、ご紹介させていただく。
リトは陛下を真っ直ぐ見つめ、「こんにちは」とだけ挨拶した。
「遠路はるばるご足労頂き、ありがとうございます。我が国の貴族が申し訳ない。貴殿の望むものは何でしょうか」
陛下は丁寧に返した。
「賠償を求める。ただしエルラン国からではなく、ダズワード伯爵本人の私財から捻出した分でいい。彼の処遇は貴国が決めることだろうが、彼に貴族の地位は相応しくないと思う」
「……有り難い」
ダズワードが目を剥き、何か叫ぼうとした――ようだが声が出ない。陛下の侍従が魔法で黙らせたようだ。
「できれば貴国と我が国で不可侵条約か友好条約か、そういったものを結びたい。そのために来た」
「なるほど。それについては、後に話し合いの場を設けましょう。よろしいですか」
「それでいい。ありがとう」
俺の出番は終わった、とリトが一歩下がった。
小さく溜め息をついた陛下がダズワード伯爵のほうを向く。
「ダズワード伯爵。これは茶番だ。何故なら、私は彼らから物的証拠を既に預けられているし、ハノーヴァ公爵から事前に話も聞いている。はじめからこうなるつもりで伯爵を呼んだ。わかるな? これからあの襲撃者たち、商人、そして伯爵は我が国の牢に繋がれ、取り調べの後に裁判を行う。真実も明らかになろう。――連れて行ってくれ」
ダズワード伯爵は顔を真っ赤にさせたあと、急に青ざめて白くなった。陛下のかけ声でエルラン国の兵士たちが現れ、犯罪者たちを連れて行く。ダズワード伯爵は最後に救いを求めるようにグロスター公爵を見つめたが、虫けらを見るような目で切り捨てられていた。この計画に関してグロスター公爵が関わっていたか――認知していたかはわからない。ただ、貴族派の派閥にとってはかなりの醜聞で打撃だろう。
成り行きを見守っていたアーサーは今や悲壮な顔をしていた。グロスター公爵の娘と婚約状態にあり、ダズワード伯爵の息子は学友、それも侍従候補だったからだ。シェリーがこの計画に気付いたのも、アーサーの侍従候補の人となりを調べていたのが始まりだった。
犯罪者たちが連れて行かれ、会議の場はしんと静まりかえった。
シェリーの肩が優しくポンと叩かれる。よくやったな、と誇らしげに微笑む父であった。
「それでは一旦失礼しましょうか」
声を発したのはエドガーである。シェリーは頷き、陛下に深くお辞儀をした。陛下も優しく頷いてくれる。このあと、シェリーたちは別室で陛下と会談する予定があるのだ。居心地の悪いこの場に留まる理由もない。
「あっ……シェリー嬢!」と呼び止めてきたのは宰相だった。予想外なことに驚いたが、踵を返す足を止めて振り返る。
「どうか……エルランに戻って来てはくださいませんか。貴女はまだハノーヴァ公爵家に籍がある。社交界だって貴女を待っているし、貴女と婚約したい者もたくさんいるのです!」
宰相の様子は必死で、隣にいる息子のルークも同じような顔をしていた。
「いえ、私はユートリアに帰ります。祖国のことは愛しておりますが、今の私のいるところはユートリアですので」
「いやっ、どうか――」
ルークが言い募ろうとしたところを、エドガーがずいっとシェリーの前に出た。
「シェリーさんは俺の婚約者なのでね。エルランには帰しません。悪しからず」
そうして左薬指の指輪を見せつけた。シェリーの左手も取られて見せつけている。
エドガーはとても愉しそうな笑みを浮かべていて、声もいつもより艶めかしく聞こえた。
「えっ……」と言ったのはルークだろうか、宰相だろうか。陛下ですら目が点になっている。
「籍がどこにあろうとも、ユートリアでは本人たちの意思のみで結婚できるんですよ。ねぇシェリーさん」
「……そう、らしいですね」
「もうすでに同じ部屋で生活していますし」
エドガーの小姓部屋を使っているので、意味としては合っている。
「そう、なりますね」
シェリーが同意すると、各所から「ハァッ!?」という声が聞こえた。父と、ルークと、アーサーもである。父にはあとでちゃんと説明しよう。
エドガーは心底愉快にフフフッと笑い、アーサーのほうを横目で見た。すぐ近くにいるリトが「ウワァ……」と慄くような声をあげている。
「シェリーさんが攫われないよう、さっさとお暇させていただきます」
そう言って、エドガーはシェリーを横抱きに抱き上げた。信じられない。しかしここで拒絶するのも面倒くさくなる。流石に恥ずかしすぎるシェリーは両手で顔を覆い、大人しく縮こまって顔を伏せた。
「そうです陛下。従属魔法の一件……おそらく貴国の民が実験に使われていると思います。なんとか救済できればいいのですが」
「ご忠告、痛み入る」
陛下の重い声が聞こえたあと、扉の閉まる音がした。
エドガーは軽快な足取りでシェリーを抱きかかえたまま歩く。
「はー、面白かった!」
「……それは何よりですねエドガー様。それよりいつ下ろしてくださいますか」
呻くようにシェリーが言うと、エドガーは逆にしっかり抱きかかえ直した。
「やっぱり帰国要請が出たでしょう? それにシェリーさんは自己評価が甘い。まだまだ低すぎます。ユートリアに連れて帰られる様を見せつけて、彼らの記憶に残します」
一体誰に見せつけるのだ――王城にいる人たちにか。
こうなったエドガーはきっと何が何でも押し通すので、部下であるシェリーは抵抗を諦めた。そこでエドガーの肩にポスンと手を置いたのはシェリーの父である。
「ところでエドガー殿? 一緒の部屋に住んでいるとはどういうことです?」
「あっ……」
エドガーの狼狽えた声を聞くのはなかなか珍しかった。




