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トンチキつよつよ出奔令嬢、魔国に渡りて福を成す  作者: 葛餅もち乃


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急転直下(9)


 シェリーの部屋は出奔当日と変わりない様子のまま、塵一つなく綺麗だった。出奔計画を唯一知っていたメイドが毎日掃除してくれていたらしい。シェリーが仕事の手当として贈った金貨も、全く手をつけず箱のまま置かれてる。金貨ではなく贈り物を用意しよう。


「シェリーさんらしい部屋ですね。シンプルで、上品で、勤勉な……。ぬいぐるみも可愛いですね」

 エドガーが書き物机の隅に飾ってあるウサギのぬいぐるみを指さした。大事なものだろうから触らないよう配慮してくれているのが優しい。

「こう見えて可愛いものも好きなのですよ。ここの引き出しとか……懐かしいです」


 幼少期から『だいじなもの』を入れてきた引き出しには、きらりと光る赤い石ころや、押し花で作ったしおり、ビーズで作ったブレスレット、汚れて使えなくなったレースやフリフリのリボン等が入っている。エドガーは花を模ったオモチャの指輪をそっと取り出した。


「小さい頃お忍びで城下のお祭りに行ったときのものですね。そのときにはもう剣を握っていたのですが、こういうキラキラしたものに憧れもありましたね……」

 エドガーはほんのり微笑んで、シェリーの左手を取った。くすんだ白い花の指輪を小指に通してくれる。

「今度、可愛らしい装飾品を贈ってもいいですか?」

 婚約者はフリである。そんなことしてもらう道理はないけれど、エドガーが優しい目で見つめてくるものだから、シェリーは小さく頷いてしまった。


「一緒に選んでくださいね」

 ――明日、頑張って無事に国に帰りましょう。

 そんな約束にも聞こえ、シェリーはもう一度頷いた。


       ○


 いよいよ王城に乗り込む。作戦は至ってシンプル、ハノーヴァ公爵とその客人および護衛一行として、正門から堂々と入城する。捕縛した襲撃者たちは、裏門の搬入口から入る手はずになっている。ハノーヴァ公爵の名前で事前に申請しており、そちらには兄のシエルが付いている。


 武器の類いは所持していないので、入城検査も通過できた。武器などなくとも戦闘となればどうにでも戦えるので、リトたちは不思議そうにしていた。王城に張られている防衛魔法や制御魔法も彼らにとっては不十分らしい。だからこそシェリーも出奔できたので、頭の痛い問題である。


 担当の兵士たちはシェリーを見て驚き、人を呼んで騒ぎそうなところを止めた。唇の前に人差し指を添えて「秘密ですよ」と言うと、黙って頷いてくれたのだ。物わかりが良くて助かる。ただし、エドガーたちにはもの言いたげな視線でじろじろ見られた。


 今回、穏便かつスムーズに進めるため、ハノーヴァ公爵の権力を大盤振る舞いしてもらった。定例会議の日取りの都合がよかったのもあるが、陛下とグロスター公爵、アーサー第一王子、そしてダズワード伯爵を呼び出して、一堂に会することを成功した。これで何の成果もあげられなければハノーヴァ公爵の格が下がる。しかし父から申し出てくれた作戦であり、一番穏便で確実性がある計画だった。


 会議の場に行くと、予定にはいなかった宰相のダグラス侯爵と、その息子もいた。婚約解消を言い渡されたあのときと同じような顔ぶれである。まず部屋に入ったのは父であるハノーヴァ公爵で、続いてシェリーが顔を見せたときは皆驚いてくれた。アーサー王子なんて心底嫌そうな、元婚約者にするような顔ではなかった。


(久しぶりなのに飽きもせず毎度きちんと意思表示をしてくださるとは……律儀ですねぇ殿下)


 シェリーの後ろに、リト、エドガー、サイモンと続く。そして纏っていたローブを脱ぐと、アーサーたちは警戒した。

 リトは晩餐会にでも行けそうな黒の正装を着ていて、きらりと光る銀の装飾が重厚さを醸し出している。エドガーとサイモンはユートリアの軍服だ。シェリーも同じく軍服を着ているので物々しさがあるだろう。


「おやおや……穏やかではないですね。勿論、崇高な目的があってのことですよね、ハノーヴァ公爵?」


 見た目は狸によく似ているグロスター公爵が、自身の髭を撫でながらねちっこく言った。父はグロスター公爵には目も止めないで、陛下にこの場を用意してくれた謝辞を述べる。あとは任せたぞと目配せされ、シェリーは前に進み出た。


「お久しぶりです。シェリー・ハノーヴァです。皆様の貴重なお時間が無駄にならぬよう、単刀直入にお話させてくださいませ」

 一礼すると、グロスター公爵は特に蔑むような目でシェリーを見てきた。政争に負け、国を出た娘が苦肉の策を練ってきたのか――そんな視線である。


「始まりは二年前、そこにいるダズワード伯爵のとある計画を偶然知ったことによります。このたび私は出奔し、ユートリア国でお世話になっておりました。友好国でなく、何故行き先にユートリアを選んだのか。それはダズワード伯爵の計画が彼の国に関わるものだったからです」

 ちらりと伯爵に目を向ける。平静を装っているが、目はシェリーを射殺さんばかりに憤怒で満ちていた。


「ユートリア国の住民を攫い、従属魔法で奴隷に堕とし、東の隣国へ人身売買しようという計画です。標的は魔法防衛力のない子どもや弱い女性、猫や犬の属性を持ち、獣耳がある方々です。……メモには、愛玩用や労働力、口に出すには憚られるような目的が書いてありました」

「いッ……言いがかりです! 自分の地位が落とされたからと言って、無茶苦茶でっち上げてますよこの女!」


 ダズワード伯爵が唾を吐くように叫んだ。陛下が「静かに。シェリー、続けなさい」と言ったので渋々黙る。


「二年前はまだ計画段階で、実現するかも不明なものでした。けれど放ってはおけません。しかし現段階で糾弾もできない。だから私は……信頼する人に協力を仰ぎました。彼が二年間、ダズワード伯爵の屋敷で密偵のようなことをしてくれたのです」


 ダズワード伯爵の顔色が変わる。グロスター公爵もだ。子飼いのダズワード伯爵を冷徹な目で見ている。

 サイモンが扉を開け、フレッドが部屋に入ってきた。陽気な笑顔で伯爵に向けて手を振る。


「やっほー伯爵。ボクのこと覚えてる? 二年間お世話になりました」

「おっお前……!」



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