急転直下(8)
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襲撃者たちのフリをして敵地に乗り込む作戦は成功した。捕縛できたのは東の国の商人とその周辺で、ダズワード伯爵はいなかった。流石は商人というべきか――自身の破滅が見えている中、共犯者である隣国の伯爵に義理立てする必要はなく、情報を渡す代わりに情状酌量を……と求めてきた。元々そういった交渉をする予定だったので好都合ではある。保身のために、彼は証拠をこっそり所持していた。証拠を残さぬよう契約していようがそういうものである。
ハノーヴァ公爵との話し合いにより、エルラン国に乗り込む計画も決まった。
「明日、出発ですね。大丈夫ですかシェリーさん」
出発前日の夜、シェリーはエドガーの部屋に招かれた。いつもどおり向かい合わせに座るもチェスはせず、ハーブティーを淹れてくれる。
事態が動き出して怒濤の二週間だった。シェリーを労ってくれているのだろう。
「大丈夫です。私は殆ど何もしていませんし、体力は有り余っています」
「何を言っているんですか。シェリーさんから始まり、シェリーさんがいなければ公爵との連携も取れていません。二年前に予兆を見つけたあなたと、フレッド君の二年間の頑張りのおかげです」
「あ……ありがとうございます」
真っ直ぐ褒めてくれるのが嬉しかった。シェリーは甘えることにする。
素直に賛辞を受け止めたシェリーを見て、エドガーが穏やかに微笑む。
「公爵からは何か言われませんでしたか。……婚約について」
「ああ、それは、えっと……もの凄く心配されましたけど、気にしなくても大丈夫です」
たぶん。と、シェリーは心の中で付け加えた。
実際の所、父が寝泊まりしている客室に連れて行かれた途端、半狂乱に問いただされた。無理矢理じゃないのかとか、彼の小姓部屋に住んでいるってどういうことだとか、涙目であった。シェリーは一つ一つ事実を説明し、それでも納得のいかない父に対し、「大丈夫なので心配なさらないでください」と強引にまとめた。
シェリーが大丈夫と言ったら大丈夫なのである。頑固なところは重々知っているだろうから、父は諦めたようだった。
「あんまり大丈夫じゃなさそうですね。でも撤回する予定はないので、お義父上には諦めてもらいましょう」
お義父上、という言葉がエドガーから出てきてビクリとする。
状況的には何も間違えていない。間違えてはいないが、まさかエドガーがこの言葉を使うとは思わなかった。
「いっ……いよいよ明日決行ですね。お話しくださってありがとうございました。少しリラックスできたので、もう眠ります」
動揺を悟られないよう、来て数分しか経っていないが小姓部屋へ戻ることにする。
「おやすみなさい、婚約者殿」
揶揄うように甘く言われ、シェリーはうまい返事ができなかった。
経験値の差を感じる。
翌朝、シェリーたち一行はエルラン国へ向かった。
メンバーは公爵である父、リト、エドガー、サイモンの五名。襲撃者たちの輸送は別部隊で、東の国の商人たちを輸送している部隊とも後に合流する予定だ。
エルランの辺境領を抜け、待機させていたハノーヴァ公爵家紋章入りの馬車に乗り換えた。そのまま一行は王都へと進み、急いだので二日で着いた。父がいたからこその、虎の威を堂々と借る作戦である。一日目は宿に泊まり、二日目はここ公爵家のタウンハウスだ。リト、エドガー、サイモンの三人は、不測の事態に備え同室で過ごしてもらう。
輸送部隊は王都近くの森で野営しており、早朝出発してここに到着する予定である。
「何から何までありがとうございます、ハノーヴァ公爵」
「いえいえ。お力になれてなによりです。こんな場合でなければきちんとおもてなしできるのですが」
リトと父がそんな話をしていると、騒がしい足音とともに扉が開く。シェリーとよく似た顔をした、兄のシエルであった。シェリーをみとめると、ぶわっと泣き始めた。
「シェリィィィィ! 無事でっ……無事で良かったぁぁぁぁあ!」
「心配をかけて申し訳ございません。でもねお兄様、お世話になっている皆様の前ですよ……」
「このっ……薄情な妹めぇぇぇ!」
「私がああやって出奔したということは、事前に準備していたとわかったでしょう? 妹を信じてください」
兄はえんえんと泣きながらシェリーを抱きしめてくる。
「努力家で何でもできる妹を信じているけど、それとこれとは別だろう……」
心配をかけていたのはシェリーもわかっているため、兄を抱きしめ返して背中をぽんぽんと叩いた。
「まさかフレッドも母国行ったんじゃなくてダズワード伯爵邸へスパイしに行ってたなんて……」
ぼそりと呟かれ、シェリーはすぐさま「すみません」と言った。兄にすら隠していたので、少し後ろめたいのである。
「それで? シェリーの新しい仮の婚約者ってどの人?」
ニコッと微笑む兄は目が笑っていなかった。面倒くさいときのそれである。
「こんにちはお義兄様。俺がその婚約者です。はじめまして」
すっと出てきたエドガーは胸に右手を当てて会釈した。
濡れたような黒髪、灰色の瞳は神秘的に煌めいて、野性味混じりの整った美しい顔で微笑み、普段よりも色気を増した声で柔らかく話す。彼の背後に黒い薔薇が咲いたように見えた。錯覚である。
兄のシエルは心なしか半歩下がった。圧倒的美をくらい、たじろいでいる。
「えーと、シェリー……騙されてない?」
離れた場所にいたリトが吹き出した。
「帰国要請を撥ねのけるためのフリですから、お兄様」
「あっ、そうか」
サイモンも堪えきれない笑いを漏らし、肩を揺らしている。彼らにとっては兄の反応がツボだったのだろう。
皆と顔合わせも済ませ、明日エルラン国王城に入る計画の最終チェックをする。段取りを確認し、あとはゆっくり休むこととなった。
「以前はシェリーさんもここで生活を?」
一同好きに解散となり、エドガーがシェリーの傍に近寄ってきた。どこか期待していそうな雰囲気にピンとくる。
「そうですよ。私のお部屋……見たいのですか?」
エドガーはにっこりした。シェリーはエドガーの部屋を間借りしているようなものだし、何度も部屋に招いてくれているので断る理由もない。
「お兄様、私の部屋ってまだ残ってますか?」
入ってもいいか訊ねるつもりで言うと、兄がくわっと怖い顔をした。
「残してるに決まってるだろ!!」
「今のはシェリーさんが悪いと思います」
エドガーにもしみじみ言われ、シェリーは反省した。デリカシーがなかった。




