発揮せよ実力、そうこなくては新人イビリ(6)
シェリーが訓練所に着いたときには、三人の子どもが地面に正座させられていた。彼らを囲うように、隊長格の面々が仁王立ちして見下ろしている。遠くから見ても恐ろしい圧を感じる。
「! シェリーちゃん、大丈夫だったか!」
一番隊の隊長がこちらに気付き、声を張り上げてくれた。「はい!」と、シェリーは元気よく返事を返す。待ってくれていたのは副隊長含め八人、そして安堵の表情で手を振ってくれているマデラだ。
「シェリーちゃんを騙して転移させたのはこいつら三人で合ってるか?」
転移魔法陣が作動してシェリーが飛ばされるあの瞬間、とても威勢の良かった子ども三人は、今は極刑を待つ被疑者の顔をしていた。おそるおそるシェリーを見上げる目も、怒りや憎しみより恐れが勝っている。
「合っています。数時間前は、もっと元気ありましたけどね」
ニコリと微笑んで言うと、子どもたちはビクッと震えた。シェリーの斜め後ろにいるエドガーからも圧を受けているのだろう。後ろを見なくても、相当怖い顔をしているのがわかる。他の隊長格の方々もそうだ。子どもたちの内臓は縮み上がっているだろう。
シェリーは彼らの前にしゃがみ、右腕を突き出した。
――バチーン!
小気味よい音が鳴り、ゼンと呼ばれていた子どもは後ろに倒れた。思いっきり力を入れたデコピンである。シェリーは残りの二人にも同じようにしてやった。三人とも額を押さえて呻いている。
「真剣勝負でしたら、いつでも受けて立ちますよ。軍の規律違反については、皆様にしっかり叱られてください」
立ち上がったシェリーは『これで終わりです』と意味を込めて、一番隊隊長にお辞儀をする。彼は困ったような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。
そこで、シェリーの後ろにいたエドガーが子どもたちの前に立った。ゆっくり小首を傾げて見下ろす。
「このように、シェリーさんは寛大ですが……俺は全く許していませんからね。東南Bの地点は今、繁殖期の暴れ一角猪のテリトリーです。この意味、わかりますよね? ……わかっていて犯行におよんだか?」
途端、子どもたちは顔をゾッと青ざめさせた。知らなかった――わかっていなかったのだと理解する。
「俺が着いたときには、シェリーさんは四頭氷漬けにしてましたけどね」
子どもたちは見るからに驚愕した。隊長方からは賞賛の拍手を受け、シェリーはこそばゆく思いながらも誇らしかった。
くるりと体ごと振り返ったエドガーが、殺気をおさめて優しく笑う。
「シェリーさんはかなり疲れているでしょう。業務終了としてください。俺たちはまだこれから説教が残っていますので」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
シェリーは皆に対して丁寧なお辞儀をした。これ以上シェリーがここにいても邪魔だろう。
あちら側にいたマデラが「一緒にご飯食べましょ!」と来てくれて、二人でそのまま移住区の棟へ帰った。
先に大浴場で身を清め、食堂で夕ご飯を食べるときにはサイモンも合流した。暴れ一角猪をどうやって氷漬けにしたのか詳細を聞かれたので話していると、ほかの隊員も食べかけのプレートを持参して会話に入ってくる。いつの間にかエールビールを勧められ、小さな宴会になっていった。
「シェリーさん、お酒も飲めるクチ?」
サイモンに訊ねられ、シェリーは首を捻る。手には頼んだ覚えのない二杯目のエールビールがあった。
「いえ、そこまで飲んだことがないので、わかりません」
そう言った瞬間、シェリーの手からグラスが誰かに取り上げられた。真上を見れば、軍服姿のエドガーがこちらを見下ろしている。
「適量もわからないのに、許可できませんね」
真顔である。「だったら今適量を量ればいいじゃないですか~」とサイモンが明るく言ってくれたが、エドガーは視線で黙らせた。
「却下」
一瞬、賑やかだった小宴会がしぃんと静かになる。シェリーはこういうとき、沈んだ空気を打開するのが不得意だった。こうなったのは間違いなく自分とエドガーのせいなのである。心の中で右往左往していると、マデラが爆弾を落とした。
「軍隊長ってシェリーさんのこと特別構いますよねぇ。タイプなんですか~?」
別の意味でしぃんとなった。マデラは確実に酔っている。
「皆さんお忘れかもしれませんが、彼女、入隊以前に入国してから間もない元公爵令嬢なのですよ? 俺は指導係ですからね。それに今日はかなり疲れたはずです。酒の適量を量るにしても、今日ではない」
なるほど、とシェリーは深く頷いた。マデラはつまらなさそうに口を尖らせている。
「確かにその通りですので、私はそろそろ部屋に引き上げて眠ることにします。皆様、お付き合いありがとうございました。お酒は美味しかったです」
小宴会はどうぞ続けてほしい、とシェリーは静かに立ち上がって別れの挨拶をした。
「あっ! 部屋の前まで一緒に行きます!」とマデラが立ち上がろうとしたのを、エドガーが手で制した。
「結構。俺が送りますので」
シェリーはエドガーにそっと背中を押され、ぽかんとした面々に見送られながら食堂を出る。お互い黙ったまま歩き、もしかするとエドガーはシェリーを迎えに来てくれたのかもしれないと思い至った。あんなことがあったのに、まだ部屋に帰っていないシェリーを心配してくれたのではと。
(でも思い上がりかもしれない……。ありがとうございます、って言うのは変だろうか)
シェリーが逡巡していると、喧噪が遠のいたあたりでエドガーが口を開いた。
「シェリーさん、その格好……どうしたんです?」
ああ、とシェリーは自身の格好を見下ろした。木綿の白いシャツの上に、胸の下でキュッと編み上げの紐で縛るようなワンピースを着ているのだ。茶色の皮生地と、柔らかい赤色のギンガムチェックの生地を融合させた、エプロンドレスのようなデザインである。これまでのシェリーのイメージとは違うので不思議に思ったのだろう。
「マデラさんが貸してくれたのです。大浴場に持っていった服を着ようとしたら止められまして。可愛い服ですよね」
「なるほど。とても可愛らしいですね。そういった服もお似合いです」
ニコリと微笑んで自然に言うので、エドガーもこういったお世辞を言うのだなと新鮮な心地である。
「そうですよね、シェリーさんの身の回りのものについては早く整える必要がありますよね……。明日は休みにして、城下に買い出しに行きますか?」
「……えっ? 仕事を休みにして、ですか?」
「もともと、明日は休みにしないか提案しようと思っていたんです。どうでしょう?」
突然の休日に、シェリーの心に訪れたのは不安であった。母国で強いられていた過密スケジュールに慣れてしまい、正当な理由もない休みには罪悪感が募るようになっている。
「いえ! 体は元気ですので、働きたいです」
「うーん……。でしたら午前中は内勤、午後に買い出しへ行きましょう。物品管理も大切な仕事ですよね。特に、軍服以外の衣服はきちんと買いましょう。男ものの旅装しか持ってなかったのに、遅くなって申し訳ありません」
「いえそんな! エドガー様に謝られることでは……! 明日の午後、きちんと買いますので!」
申し訳なさそうに謝罪するエドガーに恐縮し、シェリーが買い出しを承諾すると彼はすぐさま笑顔になった。
「案内がてら俺も一緒に行きますね。それでは、おやすみなさいシェリーさん」
「おやすみなさい……」
ちょうどシェリーたちの部屋の前に着いていた。エドガーに見守られるかたちで部屋に入る。
明日も一日、いつもどおり働くつもりだったのに、いつの間にか午後休みを取ることになっていた。午前中は勤務するので、幾分気持ちは落ち着いている。
エドガーの気配りだろう。
憧れに似た尊敬の気持ちが、胸の中に灯った。




