発揮せよ実力、そうこなくては新人イビリ(5)
更新頻度を上げて、土曜日に完結する予定です。
よろしくお願いいたします。
まさかと思って外に出ると、眼前には、氷漬けにされた暴れ一角猪が三頭転がっている。右を見ると、今まさに四頭目の暴れ一角猪が横倒しにされたところで、自分の体よりも遙かに大きい魔獣の上にシェリーが飛び乗るところだった。
シェリーは右掌を魔獣の体に突いて、魔法発動の白い光を煌めかせる。
「――貴く冷たき御力、悠久の時を止め、その心臓まで射止めよ。凍てつけ!」
シェリーが詠唱すると、パキパキと清涼な音を響かせながら暴れ一角猪の体全てが凍り付いた。
ふぅ、と息を吐いて、魔獣から飛び降りたシェリーが大地へ着地する。
「……シェリーさん、あんな魔法まで使えるんですか」
サイモンが感嘆のため息を漏らす。
「あんなのもう、魔道士レベルですね」
エドガーはできるが、それはエドガーだからである。サイモンは無理だろう。
しかし納得もした。あの繊細な魔法コントロールに、それを維持するだけの魔力と技量があるわけだ。彼女は魔道士もできるのだろうが、どちらかというと魔法騎士の適性に軍配が上がったのだろう。
「あっ! エドガー様! それにサイモンさんも!」
エドガーたちに気付いたシェリーが、ホッとしたように微笑んでこちらに駆けてくる。
服や髪は汚れているが、本人は元気そうだ。そのことにエドガーは心底安心し、大きく息を吐いた。
「来てくださって助かりました!」
エドガーの手の届く距離まで来たシェリーが、こちらを見上げて屈託無く笑っている。
「遅くなって申し訳ありません。シェリーさんが無事で、本当に、良かったです……」
「きっとエドガー様が迎えにきてくださるって、思ってましたよ!」
信頼しかない眼差しで見つめられ、エドガーはつい、その頭に手をのばした。手が勝手に、よしよしと彼女の頭を撫でている。横にいるサイモンからは驚愕の視線がビシビシと突き刺さる。
エドガーは気にせず撫で続けた。本当は抱きしめたい衝動にかられているところを、こうやって落ち着かせているのだ。シェリーもキョトンとして撫でられ続けているので、やめられない。
「初めての魔獣退治、最初の方は少々手間取りまして、無駄な損傷も多いのですが、角はちゃんと綺麗に残せました。四頭目はなるべく傷のない状態で仕留めれたと思います。どうしょうか!」
シェリーは自信ありげに業務報告してきた。
彼女の頭に手を置いたまま、氷漬けにされた暴れ一角猪たちに目線をやる。彼女の言うとおり、一頭は首周りや手脚胴体、様々なところに損傷がある。戦い方を模索した奮闘の跡だ。そして先ほどトドメを刺していた一頭は、ぱっと見たところどこに傷があるのかわからないくらい、本当に綺麗な状態である。
「素晴らしい。上出来です、シェリーさん」
ぐりぐりと強めに頭を撫でると、シェリーは「ふへへっ」とはにかんで少年のように笑った。
「こんなに褒めてもらえて、嬉……」
言葉途中でシェリーの体がぐらりと傾ぐ。エドガーは慌てて受け止め、胸の中に抱き込んだ。シェリーが弱々しくエドガーの胸板を押そうとする。
「すみません、流石に、大型魔法はそこまで慣れていなくて」
魔力切れだろう。緊張の糸が切れたことで一気にきたらしい。エドガーはふらつく体を抱き上げる。予想以上に軽い。
慌てた様子のシェリーの口から遠慮の言葉が出る前に、エドガーは有無を言わさぬ笑顔を浮かべて顔を近づけた。
ぐっ……とシェリーが口を引き結ぶ。
その反応に、エドガーは内心笑った。エドガーが顔を近づけると、たいていの女性は顔を赤らめたり、それと似たような反応をするものだ。シェリーのような硬直した表情はあまりない。
「無理はしないことです。拠点で少し休みましょう」
シェリーは小さく頷き、エドガーはログハウスの中に戻った。ソファにシェリーを下ろし、しばらくそのまま休憩するようにと指示する。
「サイモン君はここでシェリーさんについていてください。それと貯蔵庫からチョコレートを。俺は魔獣の処理を確認してきます。そうしたら、一緒に帰りましょう」
ソファにもたれ、ほんの少し表情が緩んだシェリーと目を合わせる。「はい」と返事をしたその頬は、いつもより青ざめている。
「帰ったら、美味しいものをいっぱい食べさせてあげたいです」
頭にうかんだことがそのまま口から出た。シェリーは首を傾げて緩く微笑み、サイモンはぎょっとした。
エドガー自身、言うつもりもなかったので、若干逃げるように外に出た。
○
舌にのせたチョコレートがとんでもなく甘い。じんわり溶けて喉元を通っていく熱さそのまま、胃の中に落ちていく。すると熱が灯ったように、体の芯が温まっていく心地がした。じわり、じわりと体中に血潮が流れていくのを感じる。
「美味しいっすよね、このチョコレート」
「はい。とても」
シェリーは口内に残ったチョコレートをごくんと飲み込んだ。喉が焼けるように熱くなる。
サイモンがソファ横のサイドテーブルに湯気のたつカップを置いてくれた。すっきりした独特の香り、薬草茶だろう。
「魔獣狩りのときの、特別仕様なチョコレートです。ものすごく甘いでしょ。色々と回復に良いエキスも混ぜていて、それを隠すためにも相当甘く濃くしてるんだって」
「なるほど。即効性も感じます」
シェリーはまた一口チョコレートを含み、その甘さと熱さにぎゅっと肩をすぼめた。
小さく笑ったサイモンが、膝をつきあわせるようなかたちで斜め右隣のソファに座る。
「何があったか――は、どうせエドガーさんが聞くと思うんで俺からはやめておきます。しかし、本当にお強いっすね。あんな大型魔法まで使えるとは……魔法騎士じゃなくて魔道士になる道もあったんじゃないですか?」
「ありがとうございます。でも大型魔法といっても、あまり種類は扱えないのですよ。一番の適性が魔法騎士でしたし、何より王子をお護りするには魔道士は不適格ですから」
魔道士は基本的に後衛職だ。王子を前衛にできるわけがない。
「……は? 王子をお護りする……シェリーさんがっすか?」
サイモンが間の抜けた顔をした。
そうか、普通は驚くのか――とシェリーは新鮮な心地がした。
「王子をお護りする剣となれ。――そういう王太子妃教育でしたし、それが私の役目だったんです」
「はぁ……そう、だったんすか」
思案げな沈黙がおりた。何か考え始めたらしいサイモンを眺めながら、シェリーは薬草茶をいただく。清涼な水が体を巡るような、すっきりした心地になる。
自身の王太子妃教育については、国のため王室のため、あれはそうあるべきであったと思っている。父や兄はシェリーをいつも心配してくれていたし、あまりに厳しい訓練および過密スケジュールに対して、流石に抗議しようとその一歩手前までいったこともあった。シェリーが同意しなかったので、結局せずに終わったが。
「おかげさまで、今の私があります。誇りに思っています」
そうですか、とサイモンが微笑する。
そこでエドガーが帰ってきた。寛いでいるシェリーと目が合い、安心させるような笑みを浮かべる。
「討伐してくださった魔獣に状態保存の魔法を施してきました。良い素材が取れそうです。一人でよく頑張りましたね。シェリーさん、ご無事で――本当に無事で、良かった」
エドガーは噛み締めるように言った。
とても――とても、心配してくれていたのだと伝わってきて、シェリーは胸が熱くなった。そんなに心配してくれているとは思っておらず、自分の薄情さにもツンとくる。
「エドガーさん、すっごい焦ってたからね。あんな軍隊長なかなか見ない、っつーか初かも」
サイモンが面白そうに言うと、エドガーは普段の真顔に戻り、手で口元を覆った。
「……そうでしたか?」
困惑と羞恥が混ざったようなエドガーの声に、シェリーは震えた。
可愛い、なんだか可愛すぎる。
サイモンの反応を伺うと、彼は何故かゾッとしていた。
「心配してくださって、ありがとうございます。きっとすぐ、エドガー様が迎えに来てくれるだろうと思っていたので、怖くなかったのですよ。それよりも何か戦果をあげたいなとばかり考えていて」
「……それで暴れ一角猪を?」
「あれは偶然です。どうしようかなと考えていると、ちょうど現れて襲ってきまして。迎え撃った次第です」
「そうでしたか……」
エドガーは疲れた様子で溜め息をつくと、シェリーの左隣に座った。ソファの座面が大きくへこむ。触れあってはいないが拳一個分くらいの隙間しかなく、普段よりとても近くに感じる。
「シェリーさん。どうしてこうなったか、説明してくださいますよね?」
エドガーの声は掠れ、響きは深く、蕩けそうな音色がした。シェリーの左耳から全身に、弦楽器の音色が響くようにゾワゾワした高揚感が巡っていく。
「……エドガー様。何かこう、特殊な力を使ってらっしゃいますか」
「淫魔の力で言うことを聞かせないようにと、頑張って自制しながら訊ねています。犯人のことかばいそうじゃないですか、あなた」
エドガーは組んだ指にぎゅっと力を入れている。きっと自制してくれているのだろう。しかし――
「いや、漏れてるっすよエドガーさん。俺もゾワッゾワしますもん」
サイモンが言ってくれたので、シェリーも深く頷いた。エドガーはわずかに目を見開く。
「そうですか? ……失礼しました」
エドガーが顔を伏せると、シェリーの身を包んでいた異様な魔力が薄れる。ほっと息を吐いた。
「かばったりしませんよ。でも怒ってもいません。むしろようやく新人いびりにあって得心がいくほどです」
「……左様ですか」
シェリーが言うと、エドガーは低い声音で相槌を打った。
そのあと、エドガーに質問されたことは素直に答え、一同はエドガーの転移魔法で王城へ帰還した。




