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モリアーティ公爵令嬢の終局的推理  作者: 国枝桜子
第二章 婚約破棄殺人事件

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ポアロ巡査登場

前話に入れ忘れた伏線を追加、不要となった伏線を削除しました。

 小旅行から帰って数日後、わたしはメイヌース伯爵家の王都邸へ向かっていた。

 馬車が門前に到着すると、ヒルダとロナルドはすでに身じたくをすませ、玄関先で待っていた。


「おはようございます、ジャクリーンお姉さま!」


 ヒルダが嬉しそうに駆け寄ってくる。その後ろから、ロナルドもゆっくりと歩いてきた。


「おはよう、ヒルダ。ロナルドも」

「……おはよう」


 ふたりが向かいの席に腰を落ちつけると、馬車はゆっくりと走り出した。


「それで、ウッドリー嬢については、なにかわかったかしら?」

「ええ! エディス姉さまだけでなく、伯父さまや伯母さまにも、ここ数か月の外出先をそれとなくうかがってきましたわ」


 ヒルダは待っていましたとばかりに身を乗り出した。


「十月は、二十日にダルリンプル夫人の夜会に参加したほかは、カステルタラスで晩餐会や夜会に参加なさっていたそうです。ただ、九月は献上式がありましたから、ほかの大きな催しといえば、二十日の慈善バザーくらいだったそうですわ」

「九月はどこの家もだいたいそうよね。じゃあ、八月以前は?」

「八月は王都で演奏会と晩餐会に出席なさっています。七月は地元の園遊会や、ご友人のお屋敷への訪問が中心だったようですわ。こちらの紙に日付もまとめて書いてありますから、あとでご覧になってくださいな」

「ありがとう、助かるわ」


 受け取った紙には、日付と訪問先が柔らかく可愛らしい字で書き込まれていた。

 わたしが目を通していると、ヒルダがふと思い出したように声をあげた。


「そういえば、エリオット様とスティーヴンソン嬢が再会なさったのは、この十月十五日の夜会でした」

「そうなの?」

「ええ。わたくしも参加していたので、よく覚えています。おふたりとも、エディス姉さまをそっちのけに大変盛りあがっていて……。姉さまも面白くなかったのでしょうね。スティーヴンソン嬢に嫌味をおっしゃったものだから、エリオット様まで不機嫌になってしまって」

「では、ウッドリー嬢とスティーヴンソン嬢は、そのときが初対面だったということかしら」

「ええ、そのときはそう見えました。少なくとも、以前からのお知り合いというご様子ではなかったのですが……」


 ヒルダが歯切れ悪く言葉を濁したところで、それまで黙っていたロナルドが口を開いた。


「……その夜会、地元の人間が中心なんだ。ケリンチのスティーヴンソン嬢は、誰かの紹介がなければ参加できない」


 なるほど、個人が主催の夜会ならば、招待客も主催者と親しい人間が中心だろう。

 面識のない人間は、参加者から紹介を受けなければ出席できないのが普通だ。

 滅多に地元を出ないというスティーヴンソン嬢が参加していたことは、たしかに気になる。


 ロナルドはわずかに眉を寄せ、慎重な口調で言った。


「だから、主催者に問い合わせた。……招待を頼んだのは、エディスだったそうだ」

「ウッドリー嬢が? それは間違いないの?」

「うん。主催者が直接頼まれたって」

「わたくしも、兄さまから聞いたときは耳を疑いました。だって、あのときのエディス姉さまは『スティーヴンソンなんて田舎貴族、聞いたことがない』などとおっしゃっていたんですよ! それなのに彼女を紹介したのが姉さまだなんて、おかしいですもの」


 たしかに、それは明確な矛盾だ。

 ウッドリー嬢が招待を依頼したのなら、少なくとも夜会以前からスティーヴンソン嬢のことを知っていたことになる。


「であれば、十月十四日以前のどこかに、彼女たちの本当の出会いがあったはずね」

「やはり、そうなるのでしょうか……。あっ、そういえば、ジャクリーンお姉さまのほうはいかがでした? スティーヴンソン嬢やエリオット様について、お調べになるとおっしゃっていましたけれど」

「実は、まだあまり収穫がないの。手もとの新聞では、スティーヴンソン嬢がどんな催しに出席していたのか、ほとんどわからなくて。だから今日は、新聞閲覧所で過去の社交欄を調べるつもりよ。ウッドリー嬢と顔を合わせる機会がなかったか、探してみたいの」

「そういうことでしたか」


 新聞閲覧所は、各地から取り寄せた新聞や雑誌を、利用者が自由に読めるようにした施設だ。王都の主要紙はもちろん、地方紙や外国の新聞まで揃っており、過去の号も保管されている。

 いわば新聞に特化した図書館のようなもので、複数の新聞を読み比べたり、古い記事を調べたりするにはうってつけの場所だった。


「でも、エリオット氏については、面白い話が聞けたわ。なんでも、彼の新しい恋を取り持ったのは、あのウォリス大佐なんですって」

「まあ! ウォリス大佐というと、社交界でも評判のよい紳士だとお聞きしておりましたのに!」

「ええ。ただし、夫人は少々口が軽い」

「そうですわね。とてもお美しい方ですけど、あの方に秘密を話すと、翌日には周知の事実になっているという噂ですわ」

「そのウォリス夫人が、自分たちこそ恋の立役者だと自慢していたそうよ。エリオット氏が、夜会での婚約者の非礼を詫びたいからと、スティーヴンソン嬢との再会の取り持ちを頼んだんですって。ちょうど夫人は、彼女が翌日の演奏会に出席すると本人から聞いていたらしいの。それで大佐が席を手配して、ふたりはウッドリー嬢抜きで逢引したそうよ」

「フェアリー・ゴッドマザーにでもなったおつもりかしら。ただの浮気の取り持ちではありませんか!」


 実際、世間では一部からウッドリー嬢が意地悪な継母や継姉のように扱われているのだが、このことは黙っておく。まず間違いなく、エリオット令息側が広めた噂に違いない。


「ただ、考えてみると作為的だとは思わない? 滅多に地方から出てこないスティーヴンソン嬢が、狙ったかのようにウォリス夫人を選んで、自分の予定を漏らすだなんて。まるでエリオット氏に伝えてくれと言わんばかりだわ」

「たしかに……エリオット様とウォリス大佐が親しいご友人であることは、王都によく来られる方ならばご存知でしょうけれど。エディス姉さまがスティーヴンソン嬢を招待していたことと言い、なにかがおかしいですわね」

「ええ。だから、本当は彼らがいつ知り合っていたのか、最初の接点を探しましょう」


 そうこうしているうちに、馬車は王都の賑やかな通りへ入っていった。

 窓の外では、新聞売りが朝刊を片手に声を張りあげ、人々が忙しなく行き来している。

 やがて目的の新聞閲覧所が見えてくると、ヒルダは待ちきれない様子で窓を開けた。


「お姉さま、着きましたわ!」

「ヒルダ、身を乗り出しては危ないわよ」

「あっ、ごめんなさい!」


 わたしが苦笑していると、馬車はゆっくりと速度を落とし、閲覧所の入口の前に停まった。


 玄関先へ降り立って扉をくぐると、インクと古い紙の匂いが鼻をくすぐった。

 広々とした閲覧室には長机がいくつも並び、壁際には新聞を掛けた木製の閲覧台が設けられている。

 棚には過去の新聞をまとめた分厚い合本が収められ、利用者たちはそれぞれ新聞を広げたり、書きつけを取ったりしていた。


「まあ、ずいぶんたくさんの新聞がありますのね!」

「ええ。これだけあれば、なにか見つかりそうね。まずは社交欄を中心に調べてみましょう」


 受付で閲覧の手続きをすませ、係員に古い新聞の所在を尋ねていると、少し離れた机から聞き覚えのある声がした。


「あれ、モリアーティ嬢?」


 振り返ると、茶色い癖毛を短く切った若い女性が、驚いた顔でこちらを見ていた。


「まあ、ワトスン巡査。お久しぶりです」

「お久しぶりです! こんなところでお会いするなんて」


 ジェーン・ワトスン巡査は、ぱっと顔を明るくすると、手にしていた新聞を机に置いて歩み寄ってきた。


「先日の事件では、本当にありがとうございました。おかげでわたしも、ずいぶん勉強になりました」

「こちらこそ、いろいろとお世話になりました。あれからお変わりありませんか?」

「はい! 相変わらず、ホームズ警部補には叱られてばかりですけど」


 そう言って苦笑する彼女は、しかし以前よりいくらか肩の力が抜けているように見えた。

 ふとその視線が、わたしの後ろで控えている従者たちに向けられる。


「そういえば、今日はベンジャミナさんはいらっしゃらないんですか?」


 ああ、そういえば。王宮毒殺事件のときは、フォーマンになるべく近くで控えてもらうため、ベンジャミナという侍女に変装してもらっていたのだった。

 今日はいつもの従者姿なので、彼女には別人に見えているのだろう。


「今日は、専属従者に控えてもらっているんです。ええと……」

「フォーマンです。先日は妹が大変失礼をいたしました」


 ……またこの従者は、そうやってしれっと嘘をつく……。


「まあ、ベンジャミナさんのお兄さんでしたか! 言われてみれば、よく似ていらっしゃいますね」


 同一人物なのだから、よく似ているに決まっている。

 大ボラを吹いた本人は、何食わぬ顔で一礼していた。隣ではフレデリックが呆れた表情を浮かべていたが、賢明にも口には出さなかったらしい。

 まあ、説明してもややこしい事態になるのは明白なので、これはこれでよかったのかもしれない。


「ところで、モリアーティ嬢はどうしてこちらへ?」

「少し調べ物がありまして。古い新聞に、目当ての記事が載っていないかと思ったのです」

「そうだったんですね。わたしたちも仕事で来ているんです」


 ジェーンが背後を振り返ると、ちょうど新聞を抱えた青年がこちらへ歩いてくるところだった。


「ワトスン、頼まれた新聞持ってきたぞ。……あれ、知り合い?」

「ああ、ポアロ。ちょうどよかった。こちら、ジャクリーン・モリアーティ嬢。九月の王宮事件でお世話になった方よ」


 ポアロ――そのあまりに有名な姓を耳にして、わたしは思わず青年の顔を見つめた。

 小柄で、年齢よりもいくらか幼く見える顔立ち。

 口髭はなく、整った容貌に明るく人懐っこい笑みを浮かべている。


 ……間違いない。

 メルクール・ポアロ――『霧都事件(むとじけん)ロマネスク』に登場する攻略対象のひとりだ。

 ジェーンと同じく新人巡査で、まだ経験が浅く、推理も決して得意ではないけれど、他人の感情の機微を読み取ることに長けている。

 もっとも、本人も無意識下でおこなっているので、理由を尋ねられても「なんとなく」としか答えられないのが難点だった。そのため、周囲からは妙に勘のいいやつだと思われている。

 彼のルートでは、そうした才能が少しずつ磨かれ、やがて人間心理を分析する能力へと発展していくのだけれど……。


「へえ、あの王宮毒殺事件の!」


 ポアロは興味を引かれたように目を輝かせた。


「ワトスンから話は聞いてるよ。俺はメルクール・ポアロ。こいつとは同期なんだ。よろしくな!」

「ちょ……っ、ポアロ! 相手はモリアーティ公爵家のご令嬢よ?! もっと失礼のない態度にしなきゃ!」

「いえ、気にしませんよ。こちらこそよろしくお願いいたします、ポアロ巡査」


 わたしが普段あまり使わない表情筋で微笑みを作ると、彼は屈託なく笑い返してきた。

 なるほど。ゲームで見たとおり、ずいぶん気さくな青年らしい。


「そっちのふたりも知り合いか?」

「ええ、わたくしの幼なじみです」

「はじめまして、ポアロ巡査。ヒルダ・アデアと申します」

「……ロナルド・アデアだ。よろしく」

「よろしく! 三人で調べ物だなんて、なんだか楽しそうだな!」

「楽しいかはわかりませんが、なにか手がかりが見つかればと思っております」

「そうか? でもあんた、楽しそうな顔してるぜ?」


 言われて、思わずヒヤリとする。

 謎を目の前にして湧きあがる好奇心と探究心は、うまく隠し通しているつもりだったが。……まったく、この男のこういうところが恐ろしい。


「ま、お互い頑張ろうな! 俺たちも、これから――」

「ちょっと、捜査情報は漏らさないでよ」

「まだなにも言ってないぞ!」


 やいやいと言いあうふたりは、男女の垣根を越えて、気の置けない友人という印象を受けた。


「すみません、モリアーティ嬢。この人、いつもこんな感じで」

「仲がよろしいのですね」

「ええ、まあ。なんだかんだ同期の中では、一番気が合うかもしれません」


 ジェーンがそう答えると、ポアロも得意げにうなずいた。


「だろ? やっぱり俺たち、いいコンビだよな」

「そういうことを自分で言わないの!」


 実際、真面目で明るい性格のジェーンと、朗らかで人懐っこい性格のポアロは、いい組み合わせなのだろう。


「それでは、お仕事の邪魔をしてはいけませんし、わたくしたちはこの辺りで失礼いたします」

「あっ、すみません。お引きとめしてしまって」

「いえ、お会いできて嬉しかったですわ。また機会がございましたら、ゆっくりお話ししましょう」

「はい、ぜひ!」

「じゃあ、またな!」


 ポアロも笑顔で片手をあげる。

 ふたりに別れを告げ、わたしたちは係員に案内されて古い新聞の並ぶ棚へ向かった。


 それにしても、ホームズ警部補に続いて、今度はポアロ巡査か。

 それもジェーン(ヒロイン)と揃って調べ物とは――なにか厄介な事件でも起きていなければいいのだが。


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― 新着の感想 ―
うお! ポワロが巡査で出てくるとは!(歓喜) 先々、エリオットがどえらい目に遭う予感がひしひしとしてきてますが、続きが楽しみです!
この感じだとミス・マープルも出て来そう(年齢は高齢では無く3、40代位になってそう)。
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