疑問の三人
白鹿亭近くにあるモーランド菓子店の喫茶室へ向かうと、ヒルダはクイーン・ケーキを頬張りながら、バース・バンに舌鼓を打つロナルドと談笑していた。
その傍らでは、フレデリックが手つかずのコーヒーを前に、相変わらずの生真面目な顔で周囲に目を配っている。
「あ、お姉さま!」
「……ヒルダ、今は“彼”だ」
「あら、そうでした。……なんとお呼びすればよろしいでしょう? ジャック? それともジェームズかしら」
「お好きなように」
「じゃあ、ジェームズにしましょう」
いよいよモチーフとなったジェームズ・モリアーティ教授に近づいてしまうが……まあいいか。
席につくなり、ヒルダがメニュー表を手渡してきた。
「ではジェームズ様、なにを注文なさいますか?」
「少し考えごとをしたいから、わたしはいい。フォーマン、好きなものを頼んで」
「いいんですか? ではお言葉に甘えて、コーヒーとレモンチーズケーキを」
「フォーマン、護衛役がそんなに食べるんじゃない」
「フレデリック先輩だって、ラタフィア・ビスケットを頼んでるじゃないですか。……ほとんど手をつけてないけど」
「これは、断りきれなかっただけだ」
「もったいないなぁ。いらないならもらいますねー」
「おい、勝手に食べるな!」
騒がしさを背景音楽に腕を組んで考えていると、ヒルダが恐るおそる尋ねてきた。
「お姉さま……いえ、ジェームズ様。ひょっとして、あまり体調がよろしくないのですか?」
「え? いや、そんなことないけど。どうかした?」
「この旅行中、あまりお食事を召しあがっていないご様子なので、心配で。スカロップト・オイスターズも、ウミガメのタートル・スープも召しあがらなかったでしょう?」
牡蠣をクリームとバターのソースで和え、ホタテの貝殻に盛ってパン粉を振り、こんがりと焼きあげたスカロップト・オイスターズは、この時季のサンディトンの名物料理だ。
ウミガメを使ったタートル・スープも非常に高価で、高級ホテルならではの贅沢な一品である。
どちらも、普段ならそうそう口にできない料理だった。
「考えごとをしていると、どうしても食事が疎かになってしまって。申しわけないね」
「いえ、そんな。こちらこそ、ご迷惑をおかけして申しわけないです」
「ところで、白鹿亭でわかったことだけれど……」
わたしは先ほど見聞きしたことを説明した。
ヒルダもロナルドも話を聞くうち、徐々に眉間にシワが寄っていく。
「エリオット様にお宿を紹介なさったのがスティーヴンソン嬢だった……?」
「……しかも、検分の三日前」
「そう、そこもおかしいですわ! ひょっとして、お仕事で出会ったというのが嘘で、本当はもっと前からふたりは浮気をしていたということかしら!」
「だとしたら、エディスが不憫だ」
「だいたい、あの方がケリンチでお仕事というのも、妙な話だと思いましたの! エリオット様のご担当地域はカステルタラスだったはずですもの!」
「そうなの?」
カステルタラスといえば、ウッドリー家の本拠地があるところだと記憶している。
「ええ。エリオット様がカステルタラスのご担当だからこそ、お仕事を通じてウッドリー伯父さまとお知り合いになったのですもの。それがきっかけで、エディス姉さまとのご縁ができたと聞いておりますわ」
なるほど、口のうまい紳士に乗せられてしまったというわけだ。
それならば、ウッドリー卿があれほど怒るのもわかる。あれは自身こそが娘に不誠実な男を引き合わせてしまったという負い目も混じってのことだったのだろう。
「きっとお仕事というのは嘘で、隠れて逢引なさっていたんだわ! なんと不潔な……!」
そう考えるのも無理はない。
しかし、それでは説明のつかない点もある。
「ウッドリー嬢は、自分が宿を紹介したとハッキリおっしゃっていたのでしょう?」
「はい、それは間違いありません」
「たとえウッドリー嬢の紹介が成立しておらず、代わりにスティーヴンソン嬢が宿を用意したのだとしても、時系列がおかしい。それに、彼女たちがそろって白鹿亭を指定しているのも妙な話。ケリンチにはほかにも評判のいい宿はたくさんある。その中から、たまたま同じ宿を指定するなんて、少々都合がよすぎる」
「たしかに、そうですわね……」
「あの三人が初めて出会った時期が、本当はいつのことなのか――それを確かめる必要がありそう。……ヒルダ、ロナルド。ウッドリー嬢や家族からそれとなく、彼女の行動を洗える? どこかへ外出したり、なにか大きな催しに参加したりしたことがないか」
「はい、お任せください!」
「……自信はない。けど、やってみる」
ウッドリー嬢のことはふたりに任せるとして、残るスティーヴンソン嬢とエリオット令息はどう調べたものか。
スティーヴンソン嬢はめったに王都へ出てこないというし、地方紙の社交欄を当たるのがよさそうだ。ただ、いつどこへ出かけたのかもわからないのでは、探す範囲が広すぎる。
エリオット令息はそれに加えて、御料林局の担当地域や検分の記録を確かめられれば話が早いのだが、警察でもないわたしには難しいだろう。
あれこれと頭を悩ませていると、ヒルダが控えめに声をかけてきた。
「あの……せっかくケリンチまできたのですし、地滑りのあった場所へ行ってみるのはどうでしょう?」
「なるほど、直接現地で確かめるという手があったか」
それならば御料林局の記録を調べずとも、なにかわかるかもしれない。
「まだ午前中だし、午後の予定を変更して、そちらに向かうのはどう?」
「賛成ですわ! 兄さまもよろしいでしょう?」
「……ああ、構わない」
ロナルドはあっさり頷いたが、フォーマンは呆れたように肩をすくめた。
「ええー、せっかくの旅行なのに、午後まで調査ですか? なんだかお仕事みたいで、もったいないなあ」
「フォーマン、主人の意向に逆らうんじゃない」
「逆らうつもりはないですって。お嬢様のためなら、どこまでもお付き合いしますよ」
そう言って、フォーマンは残りのレモンチーズケーキを口に運んだ。
「さて、そうと決まれば、まずは元の姿に戻らないとね」
「ええっ、もう戻ってしまわれるのですか? せっかく、パントマイム劇の王子様を演じる女優さんみたいで素敵ですのに!」
ヒルダは心底残念そうに声をあげた。
「わたくし、ジェームズ様と腕を組んで歩いてみたかったですわ」
「ヒルダ、ジャクリーンを困らせるんじゃない」
「まあ、じゃあ兄さまがジェームズ様と腕を組んで歩きます?」
からかうような問いかけに、ロナルドは真剣な顔で考えこみ、たっぷり間を置いてから口を開いた。
「……いや、それはダメだ」
なぜ悩んだ?




