巧妙な冗談
婚約破棄の騒ぎがひと段落したころ、メイヌース伯爵がわたしたちに声をかけてきた。
「こんなところでは立ち話もできんだろう。ダルリンプル夫人に、部屋をひとつ貸していただこう」
伯爵が家令に頼んでくれたおかげで、わたしたちは舞踏室から離れた小客間へ移ることになった。
集まったのは伯爵夫妻と三人の子供たち、それにわたしの六人だ。伯爵夫人には、枢密院の会合で欠席した父に代わり、今夜の介添人をお願いしていた。フレデリックは護衛として扉の外に控えている。
「よし、私がウッドリー邸へ行ってこよう」
全員が腰を落ちつけるなり、伯爵がそう切り出した。
「あなた、今からですの?」
「無論だ。あれだけの騒ぎだぞ。義兄上が事情を聞けば、さぞ心を痛められるだろう」
「兄は今夜欠席していましたけれど、エディスの介添人はウッドリー夫人でしたでしょう。お屋敷へ戻れば、すぐに事情は伝わりますわ」
「ならば、なおさら放ってはおけんだろう」
「まあ。そこへあなたまで駆けつけたら、兄とふたりでエリオット家へ乗りこみかねませんわね」
伯爵は痛いところを突かれたような顔をした。
……どうやら、本当にやりかねなかったらしい。
「……しかし、いつまでも黙っているわけにもいくまい」
「父上。その役目は僕にお任せください」
助け舟を出したのは、長男のロバートだった。
「明日の朝、僕がウッドリー邸へうかがいます。父上はそれまで、どうかおとなしくしていてください」
「おまえが?」
「ええ。父上がいらっしゃれば、伯父上も黙ってはいられないでしょう。そうなると、今夜のうちに忙しくなってしまいますから」
「まったく、おまえは相変わらず面倒ごとを嫌うな」
「もちろんです。面倒を増やさないためなら、どんな努力も惜しみませんよ」
伯爵夫人がくすりと笑った。
「それなら、ついでにエディスのようすも見てきてちょうだい」
「……母上、さっそく僕の努力を無駄にしないでください」
「あなたが頼もしい息子で、わたくしも嬉しいわ」
「まったく、母上には敵いませんね」
「でも、エディス姉さまは……」
それまで黙っていたヒルダが、心配そうに口を開いた。
「姉さまは、もうお帰りになったんですのよね?」
「ああ。馬車に乗るところまでは見送ったよ」
ロバートが答える。
「お声をかけたが、今夜はもう誰ともお話しになりたくないそうだ。だから、無理に引きとめなかった」
「そうですか……。せめて、姉さまのそばにいて差しあげたかった」
「だったら、なおさら今夜はそっとしておいたほうがいい」
静かな声が待ったをかけた。
「でも、ロナルド兄さま!」
「エディスがそう望んだなら、僕たちが押しかけるわけにはいかない」
「ロナルドの言うとおりよ。エディスにもプライドがあるでしょう。わたくしがあの子の立場でも、親戚中から気の毒がられるなんて御免だわ」
伯爵夫人は娘の肩に手をそえた。
「明日になったら、お手紙を書いてあげなさい。話を聞くのは、あの子が望んでからでいいわ」
「……はい、お母さま」
「まあ、婚礼の準備がまだほとんど進んでいなかったのは、不幸中の幸いだったね。少なくとも、余計な出費は少なくてすんだはずだ」
ロバートがそう言うと、ヒルダはすぐさま顔をあげた。
「兄さま、そんな言い方!」
「悪い悪い。つい損得で考えてしまってね」
「お金の問題ではありませんわ! エディス姉さまをあんな目に遭わせておいて……。わたくし、エリオット様には一言申しあげなければ気がすみません!」
「そうだとも。今夜のうちに手紙でも書いてやりなさい」
伯爵が勢いよくうなずいた。
「あなたまで煽らないでくださいな。ヒルダ、書くのは構わないけれど、出すのは明日の朝までお待ちなさい」
「どうしてですの?」
「一晩寝てから読み返せば、きっと書き直したくなるからよ。わたくしも若いころ、それでずいぶん助かったものだわ」
「へえ、母上にもそんなことがあったんですか?」
ロバートが興味深そうに尋ねた。
「もちろんですとも。あなたのお父様に腹を立てるたび、長いお手紙を書いたものです」
「……私は一通も受け取った覚えがないぞ」
「ええ。翌朝読み返して、全部破ってしまいましたもの。おかげで結婚前に喧嘩別れせずに済んだのよ」
「……そんなにひどいことを書いたのかね?」
「もう覚えていませんわ」
夫人がにっこり微笑むと、伯爵はなんとも言えない顔をした。
「でも、やっぱり悔しいですわ。エリオット様にも、少しは思い知らせて差しあげたいのに……。そうだわ! ジャクリーンお姉さまなら、どうなさいます?」
思わぬところで水を向けられ、わたしは頭をひねる。
「そうね……まずは、エリオット令息をお茶会にご招待するかしら」
「ええっ!? どうしてあんな人を?」
「もちろん、ただのお茶会じゃないわ。適齢期の娘をもつ奥方ばかりをお招きして、今回の夜会でのできごとを、ご本人の口から詳しく説明していただくの」
「ほう……」
伯爵が興味を示した。
「いくら弁の立つ方でも、娘をもつ母親全員を納得させるのは難しいでしょうね。それから、女性の名誉を守る慈善会で、婚約者への誠実さについてご講演をお願いするのもいいわ」
「まあ! それは素晴らしいですわ!」
ヒルダがぱっと顔を輝かせた。
「よし、お茶会のほうは私が手配しよう!」
「父上、やめてください。そもそも、あのエリオット氏がそんな招待に乗るとは思えません」
ロバートがすかさず止めに入る。
「断られたなら、その理由をお尋ねして、そのまま婦人方にお伝えすればいいのではないかしら」
「なるほど……それなら、断っても断らなくても――」
「ロナルド、おまえまで真面目に考えるな! まさか本当に開催するつもりじゃないだろうな?!」
「もちろん、そんなもの開催しなくても、手軽で効果的な方法ならほかにもあるわ。王都の目抜通りに紳士の姿をした風見鶏を立てるのはどうかしら」
「風見鶏?」
「そう。今夜のエリオット令息に、どことなく似せて作るの。風向きが変わるたび、くるくると向きを変えるでしょう?」
ヒルダが吹き出した。
「まあ! 風向き次第で心変わりなさるエリオット様にぴったりですわね!」
「ははは、なるほど! たとえ文句を言われても、気のせいだと答えればそれで済むというわけか」
「ご自分に似ていると主張なさるなら、それはそれでいい物笑いの種になるでしょうね」
「たしかに! 自分は風見鶏に似ていると、わざわざ認めることになるわけか!」
伯爵はすっかり感心している。
「……父上、まさか本気でやるつもりじゃないでしょうね」
「いや、なに。屋根を貸してくれそうな知人が、二、三人おると思ってな」
「目抜き通りなら、どの建物がいいだろう。人通りだけでなく、風の通りも考えた方が――」
「ロナルド、だから真剣に検討するんじゃない!」
ロバートはすっかりツッコミ役が板についてきた。
これだけ盛りあがってくれると、こちらも提案し甲斐があるというものだ。
「風見鶏だけではもったいないわね。それを小唄にして、大道芸人に歌わせるのはどうかしら。ヨウムを仕込んで『よっ、恋の風見鶏!』なんて合いの手を入れさせれば、人目も引けて笑いも取れるでしょう」
「いいですわね! 唄が流行れば、王都中に広まりますわ!」
「うむ。なかなか愉快な見せ物になりそうだ」
ロバートはとうとう頭を抱えた。
「ジャクリーン嬢、頼むから人道にもとることはやめてくれ……」
「あら、わたくしは思いついたことを答えただけよ」
「ジャクリーン、煽らないでちょうだい。この人たちは本気にするわよ」
伯爵夫人はそうたしなめるも、やがてぽつりと言った。
「……でも、せっかくなら歌詞を印刷して配るという手も――」
「もう結構だ!」
ロバートがたまらず声をあげた。




