↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モリアーティ公爵令嬢の終局的推理  作者: 国枝桜子
第二章 婚約破棄殺人事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/32

巧妙な冗談

 婚約破棄の騒ぎがひと段落したころ、メイヌース伯爵がわたしたちに声をかけてきた。


「こんなところでは立ち話もできんだろう。ダルリンプル夫人に、部屋をひとつ貸していただこう」


 伯爵が家令に頼んでくれたおかげで、わたしたちは舞踏室から離れた小客間へ移ることになった。

 集まったのは伯爵夫妻と三人の子供たち、それにわたしの六人だ。伯爵夫人には、枢密院の会合で欠席した父に代わり、今夜の介添人(シャペロン)をお願いしていた。フレデリックは護衛として扉の外に控えている。


「よし、私がウッドリー邸へ行ってこよう」


 全員が腰を落ちつけるなり、伯爵がそう切り出した。


「あなた、今からですの?」

「無論だ。あれだけの騒ぎだぞ。義兄上(あにうえ)が事情を聞けば、さぞ心を痛められるだろう」

「兄は今夜欠席していましたけれど、エディスの介添人はウッドリー夫人でしたでしょう。お屋敷へ戻れば、すぐに事情は伝わりますわ」

「ならば、なおさら放ってはおけんだろう」

「まあ。そこへあなたまで駆けつけたら、兄とふたりでエリオット家へ乗りこみかねませんわね」


 伯爵は痛いところを突かれたような顔をした。

 ……どうやら、本当にやりかねなかったらしい。


「……しかし、いつまでも黙っているわけにもいくまい」

「父上。その役目は僕にお任せください」


 助け舟を出したのは、長男のロバートだった。


「明日の朝、僕がウッドリー邸へうかがいます。父上はそれまで、どうかおとなしくしていてください」

「おまえが?」

「ええ。父上がいらっしゃれば、伯父上も黙ってはいられないでしょう。そうなると、今夜のうちに忙しくなってしまいますから」

「まったく、おまえは相変わらず面倒ごとを嫌うな」

「もちろんです。面倒を増やさないためなら、どんな努力も惜しみませんよ」


 伯爵夫人がくすりと笑った。


「それなら、ついでにエディスのようすも見てきてちょうだい」

「……母上、さっそく僕の努力を無駄にしないでください」

「あなたが頼もしい息子で、わたくしも嬉しいわ」

「まったく、母上には敵いませんね」

「でも、エディス姉さまは……」


 それまで黙っていたヒルダが、心配そうに口を開いた。


「姉さまは、もうお帰りになったんですのよね?」

「ああ。馬車に乗るところまでは見送ったよ」


 ロバートが答える。


「お声をかけたが、今夜はもう誰ともお話しになりたくないそうだ。だから、無理に引きとめなかった」

「そうですか……。せめて、姉さまのそばにいて差しあげたかった」

「だったら、なおさら今夜はそっとしておいたほうがいい」


 静かな声が待ったをかけた。


「でも、ロナルド兄さま!」

「エディスがそう望んだなら、僕たちが押しかけるわけにはいかない」

「ロナルドの言うとおりよ。エディスにもプライドがあるでしょう。わたくしがあの子の立場でも、親戚中から気の毒がられるなんて御免だわ」


 伯爵夫人は娘の肩に手をそえた。


「明日になったら、お手紙を書いてあげなさい。話を聞くのは、あの子が望んでからでいいわ」

「……はい、お母さま」

「まあ、婚礼の準備がまだほとんど進んでいなかったのは、不幸中の幸いだったね。少なくとも、余計な出費は少なくてすんだはずだ」


 ロバートがそう言うと、ヒルダはすぐさま顔をあげた。


「兄さま、そんな言い方!」

「悪い悪い。つい損得で考えてしまってね」

「お金の問題ではありませんわ! エディス姉さまをあんな目に遭わせておいて……。わたくし、エリオット様には一言申しあげなければ気がすみません!」

「そうだとも。今夜のうちに手紙でも書いてやりなさい」


 伯爵が勢いよくうなずいた。


「あなたまで煽らないでくださいな。ヒルダ、書くのは構わないけれど、出すのは明日の朝までお待ちなさい」

「どうしてですの?」

「一晩寝てから読み返せば、きっと書き直したくなるからよ。わたくしも若いころ、それでずいぶん助かったものだわ」

「へえ、母上にもそんなことがあったんですか?」


 ロバートが興味深そうに尋ねた。


「もちろんですとも。あなたのお父様に腹を立てるたび、長いお手紙を書いたものです」

「……私は一通も受け取った覚えがないぞ」

「ええ。翌朝読み返して、全部破ってしまいましたもの。おかげで結婚前に喧嘩別れせずに済んだのよ」

「……そんなにひどいことを書いたのかね?」

「もう覚えていませんわ」


 夫人がにっこり微笑むと、伯爵はなんとも言えない顔をした。


「でも、やっぱり悔しいですわ。エリオット様にも、少しは思い知らせて差しあげたいのに……。そうだわ! ジャクリーンお姉さまなら、どうなさいます?」


 思わぬところで水を向けられ、わたしは頭をひねる。


「そうね……まずは、エリオット令息をお茶会にご招待するかしら」

「ええっ!? どうしてあんな人を?」

「もちろん、ただのお茶会じゃないわ。適齢期の娘をもつ奥方ばかりをお招きして、今回の夜会でのできごとを、ご本人の口から詳しく説明していただくの」

「ほう……」


 伯爵が興味を示した。


「いくら弁の立つ方でも、娘をもつ母親全員を納得させるのは難しいでしょうね。それから、女性の名誉を守る慈善会で、婚約者への誠実さについてご講演をお願いするのもいいわ」

「まあ! それは素晴らしいですわ!」


 ヒルダがぱっと顔を輝かせた。


「よし、お茶会のほうは私が手配しよう!」

「父上、やめてください。そもそも、あのエリオット氏がそんな招待に乗るとは思えません」


 ロバートがすかさず止めに入る。


「断られたなら、その理由をお尋ねして、そのまま婦人方にお伝えすればいいのではないかしら」

「なるほど……それなら、断っても断らなくても――」

「ロナルド、おまえまで真面目に考えるな! まさか本当に開催するつもりじゃないだろうな?!」

「もちろん、そんなもの開催しなくても、手軽で効果的な方法ならほかにもあるわ。王都の目抜通りに紳士の姿をした風見鶏を立てるのはどうかしら」

「風見鶏?」

「そう。今夜のエリオット令息に、どことなく似せて作るの。風向きが変わるたび、くるくると向きを変えるでしょう?」


 ヒルダが吹き出した。


「まあ! 風向き次第で心変わりなさるエリオット様にぴったりですわね!」

「ははは、なるほど! たとえ文句を言われても、気のせいだと答えればそれで済むというわけか」

「ご自分に似ていると主張なさるなら、それはそれでいい物笑いの種になるでしょうね」

「たしかに! 自分は風見鶏に似ていると、わざわざ認めることになるわけか!」


 伯爵はすっかり感心している。


「……父上、まさか本気でやるつもりじゃないでしょうね」

「いや、なに。屋根を貸してくれそうな知人が、二、三人おると思ってな」

「目抜き通りなら、どの建物がいいだろう。人通りだけでなく、風の通りも考えた方が――」

「ロナルド、だから真剣に検討するんじゃない!」


 ロバートはすっかりツッコミ役が板についてきた。

 これだけ盛りあがってくれると、こちらも提案し甲斐があるというものだ。


「風見鶏だけではもったいないわね。それを小唄にして、大道芸人に歌わせるのはどうかしら。ヨウムを仕込んで『よっ、恋の風見鶏!』なんて合いの手を入れさせれば、人目も引けて笑いも取れるでしょう」

「いいですわね! 唄が流行れば、王都中に広まりますわ!」

「うむ。なかなか愉快な見せ物になりそうだ」


 ロバートはとうとう頭を抱えた。


「ジャクリーン嬢、頼むから人道にもとることはやめてくれ……」

「あら、わたくしは思いついたことを答えただけよ」

「ジャクリーン、煽らないでちょうだい。この人たちは本気にするわよ」


 伯爵夫人はそうたしなめるも、やがてぽつりと言った。


「……でも、せっかくなら歌詞を印刷して配るという手も――」

「もう結構だ!」


 ロバートがたまらず声をあげた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。