ファルコナー双子の謎
「家譜に記さない?」
フォーマンが眉をしかめた。
「ええ。具体的な扱いについては……現存する記録に詳らかでない……これだけだわ」
「随分と曖昧ですね」
「意図的にぼかしているようにも見えるわね」
さらに年代をくだり、ほかにも双子の記録がないか探していく。
「第二子は記さないんじゃ、残ってますかねぇ」
「見てみないことにはわからないわ」
ぼやくフォーマンを宥めながら読み進めていくと、第十三代侯爵アレクサンダーの項目に小さな注釈があった。
「あったわ。……宮廷出生録、二月十四日条に第二男子オーソンあり。家譜不載」
「本当に、なかったことにされてるんですね……」
「嫡男はヴァレンタインね。東方交易をさらに拡大させた人物みたい。それまでは大華国との往来が中心だったのに、この人の代から一気に広がって、ほかの東方諸国にまで航路を延ばしている」
「ずいぶん手広くやったんですね」
「ええ。商館も増やしてるし、通商の取り決めまでまとめてる。かなりやり手だったみたいね」
関連する書簡もいくつか収められていた。
「新たな航路が開かれたこと、両国の商人にとってこれ以上の喜びはない……こっちは商会からだわ」
「ずいぶん評判がよかったんですね」
「礼状も多いし、そうでしょうね。……見て、こっちは印がふたつもある」
白景月という姓名印の横に、大ぶりな図像印が捺されている。
仰月の上に一輪の木蓮と、その周囲に瑞雲と丸を三つ配した意匠。
普段づかいの姓名印に加え、大事な書簡にだけ用いる私印まで捺しているあたり、いかにヴァレンタインが重んじられていたかが伝わる。
その礼状に対する、ヴァレンタインの返書も残されていた。
「これほどの成果を私ひとりの功とするつもりはない。『海西使録』に記された蘭徳公と桂礼公の故事にならい、貴殿の働きも正しく伝えたい……」
「蘭徳と桂礼の故事? そんな話ありましたっけ?」
「少なくとも、これまでに読んだ範囲にはなかったはず」
「この『海西使録』ってやつ、図書室で借りてきましょうか?」
「そうね、お願いできるかしら?」
「承知いたしました」
しばらくして戻ってきたフォーマンが抱えていたのは、薄い帙に収められた古い線装本だった。受け取って紐を解くと、藍鼠色の表紙に白い題簽が貼られ、墨で『海西使録』と記されている。
そっと開いてみると、黄ばんだ紙に漢字がびっしりと並んでいた。
「……これは骨が折れそうね」
「読めます?」
「拾えるところはあるでしょうけれど、専門家に任せたほうが早そうだわ」
それでもなんとか読み取れないかと格闘していると、玄関のドアがノックされた。
「どうぞ」
許可を出すと、セバスチャンが入室してきた。
「お嬢様、王立気象局の観測記録をお持ちいたしました」
「ありがとう。早かったわね」
「ええ。少々、年甲斐もなく張りきってしまいました」
書類を受け取り、目を通す。
新聞の天候欄よりずっと細かく、これなら事故当時の風向きも追えそうだ。
「この日は一日じゅう南西の風ね。最大風圧は九・〇、日平均が一・六。風程は五百八十八マイルほど」
「かなり吹いてますね」
「ええ。いちばん強いときなら、屋根がめくれるくらい」
セバスチャンが、もう一枚の紙をテーブルに広げた。
「こちらは、事故当時のメルモット・パーク駅の構内図でございます。鉄道局の記録をもとに、事故のあった場所にも印をつけてもらいました」
「助かるわ」
図をこちらへ向け、方位を確かめる。
思っていたよりずいぶん簡素な駅だ。
「二本の線路が北西から南東に延びていて、両側にホームがひとつずつ。駅舎は北東側で、南西側には小さな待合所がひとつあるだけ」
「王都はここから北西のほうですね。列車は左側を走るから、王都行きは南西側のホーム」
「ええ。バーン嬢が立っていたのも、そちらよ」
事故地点には小さく印がつけられている。
待合所からは少し離れ、ちょうどホームの縁にあたる場所だった。
次に、風向きを確かめる。
「南西からの風なら、ちょうど背後から線路に向かって吹いていたことになる」
「周りは畑ばっかりで、さえぎるものはなさそうですねぇ」
「ええ。警察が強風による事故だと判断したのも、特に矛盾はなさそうだわ」
少なくとも、風をまともに受けやすい場所なのは間違いない。
その後も構内図と観測記録を何度か比べてみるが、警察の見立てを覆すようなものは見つからなかった。
「事故については、これ以上ここから拾えることはなさそうね」
わたしは書類を置き、テーブルの端にあった『海西使録』を手に取った。
「セバスチャン、もうひとつお願いがあるのだけれど」
「なんなりと」
「この本を父に預けてちょうだい。大華に精通した方に、蘭徳と桂礼の記述を読んでもらえないかお願いしてほしいの」
「今日はずいぶんと年寄り使いが荒いですな」
「あら。耄碌するには、まだ早いでしょう?」
「これは手厳しい」
口ではそう言いながらも、彼の表情はどこか楽しげだった。
セバスチャンが部屋を出ていき、フォーマンやフレデリックと残った資料を整理していると、しばらくして再び玄関のドアが叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのは制服姿の警官だった。帽子を取り、こちらへ一礼する。
「モリアーティ嬢、失礼いたします。――レストレード警部がお呼びです」
警官に案内されて西客殿の小客間へ向かうと、すでに大勢の人が集まっていた。
ファルコナー侯爵夫妻とアリシア嬢、少し離れたところにはエライザの姿も見える。
見覚えのない青年もひとりいた。細身の体に黒い上着をまとい、端正な顔立ちだが血色が悪い。暗色の髪の下から覗く目だけが妙に鋭く、黙っていると年齢以上に近寄りがたい印象を受ける。
おそらく、あれがヴェンディス令息だろう。
ホームズやジェーンのほか、メグレ警視、バンクロフト総監とその秘書官も揃っている。壁際には警官が何人も控えていた。
どうやら、わたしだけが呼ばれたわけではないらしい。
「モリアーティ嬢はこちらへ」
案内される途中、アリシア嬢の前を通ると、ふと鼻先を消毒液の匂いがかすめた。
軽く会釈を交わし、空いている席へ腰をおろす。フォーマンとフレデリックも少し後ろで控えた。
それにしても、これだけの人数を集めてなにをするつもりなのだろう。
ほどなくして、レストレード警部が部屋の中央へ進み出た。一同を見回してから、軽く咳払いをする。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
ざわついていた室内が静まった。
「これから、メルモット嬢殺害事件と、それに続いて起きた一連の出来事について、これまでの捜査で見えてきた事件の筋道をお話しします」




