真鍮の預かり札事件
控え室へ戻ると、父とセバスチャンがすでに帰ってきていた。
ふたりがそろっているのは好都合だ。
わたしはソファに腰をおろすなり、セバスチャンに声をかけた。
「セバスチャン、ひとつ調べてほしいことがあるのだけれど」
「なんなりと」
「例のパリュールの持ち主だけど、誰のことかわかったわ。ヘレン・バーン男爵令嬢。二年半前、メルモット・パーク駅で列車事故に遭って亡くなっていたの」
セバスチャンの表情がわずかに引き締まる。
「事故、でございますか」
「ええ。当時の警察は、強い風に足をもつれさせた可能性も考えていたそうよ。それが本当にあり得たのか、確かめておきたいの」
事故からすでに二年半が経っている。
人の記憶より、残っている記録を当たるほうが確実だ。
「建国暦九五三年三月五日、午後四時前後。メルモット・パーク駅にいちばん近い観測所の記録を調べてちょうだい。風向と風力がわかれば十分よ。今日中にお願い」
「かしこまりました」
セバスチャンは一礼して部屋から出ていく。
父が手もとの書類から顔をあげた。
「それで、なにかわかったのか」
「はい。パリュールの持ち主であるヘレン・バーン嬢とマリー・メルモット嬢の関係については、おおよそ見えてまいりました。それとは別に、ひとつ仮説があります」
「聞こう」
「バーン嬢とアリシア・ファルコナー嬢は、同じ建国暦九三七年十月十四日生まれです。ヘレン嬢のパリュールにはファルコナー家に伝わる漢詩が刻まれていましたし、バーン家の侍女であるベッシー・リーも両者の関係を否定しませんでした」
「つまり?」
「まだ推測にすぎませんが、お二人は双子なのではないかと考えています」
父はすぐには答えなかった。
驚いたというより、なにごとか考えているように見える。
「……ファルコナー家か。それなら、少し気になる話がある」
「なにかご存知なのですか?」
「あの家では、昔から双子を忌む」
「双子を、ですか?」
「ああ。東方との交流が始まって間もないころ、ファルコナー家に双子の男子が生まれた。その際、大華から来ていた方士が『双子は家を裂く凶兆だ』と告げたらしい」
「その言葉を信じたのですか?」
「いや、当主は取り合わなかったそうだ。子が二人生まれた程度で家が傾くものか、とでも考えたのだろう」
「それなら、まともな判断に思えますが」
「そこまでならな」
父は淡々と続けた。
「ところが、その双子が成長すると、家督を巡って争い始めた。それぞれが一族や家臣を引き込み、最後には血で血を洗う騒ぎになったそうだ。ファルコナー家そのものが傾きかけるほどにな」
「……それで、方士の言葉が当たったことになったのですね」
「外れた予言は忘れられ、当たったものだけが後世に残る。そんなものだ」
いかにも父らしい言い方だった。
「以来、あの家では双子を不吉なものとして嫌うようになった、と聞いている」
同じ日に生まれた二人の少女。
もし本当に双子だったのなら、ファルコナー家の古い禁忌とも符合する。
「少なくとも、わたしの仮説と矛盾はしませんね」
「そうだな。詳しくは『ミステリカ諸侯家沿革史』を読め。王室図書館ならあるだろう。だが、証拠としての価値は期待するな」
「はい、承知しております」
そもそも、わたしが追っているのは彼女らの出生の秘密ではない。
真に解くべきはメルモット嬢の殺人事件なのだから。
「フォーマン、紙とペンをお願いできる? できるだけ大きいやつ」
「かしこまりました」
フォーマンが居間に置いてある書き物机から紙とつけペン、それからインク壺を取り出した。
「今度はなにをするつもりだ」
「王宮の見取り図を描こうかと。事件に関係した範囲だけ、一度まとめておきたくて」
「必要ならば手配するが」
「いえ、大丈夫です。記憶を整理するためでもありますから」
わたしは机の上に紙を広げ、下のほうに正面玄関を描きこんだ。
「ここが王宮の入り口。まっすぐ進むと、四季の女神像があるホール」
「その先が回廊ですね」
フォーマンの言葉を聞きながら、横長の線を引く。
「回廊の正面には献上式の会場。東西にクロークがひとつずつ」
「西へ進めば、年少組の交流会で使われていた青の大客間がありますね」
「ええ。そのさらに向こうは西客殿になっていて、北側に随行使用人、南側に貴族家の控え室区画がある。メルモット子爵家の控え室は……ええと」
「お嬢様、ペンをお借りできますか? ここです」
フォーマンが代わりに描きこんだ。
入り口に近い、ひときわ上等な一室のところだ。主回廊から一度角を曲がった先にあるので、外からは死角になっている。
殺人現場にはうってつけの場所だった。
「逆に東側には、高位貴族の控え室区画があるわね。うちやファルコナー侯爵家はこのあたり」
会場からほど近いが、こちらも廊下を曲がって死角になっているため、プライバシーは確保されている。
それを描き終え、紙全体を見渡した。
「ひとまず、こんなところかしら」
「……植木鉢がありません」
それまでじっと黙って見ていたフレデリックが言った。
「たしかにそうね」
植木鉢はたしか、西客殿の入り口付近にあったはずだ。
貴族と随行使用人の控え室へわかれる廊下のあたりに小さな丸をつけ、『62』と書きこんだ。
「こうして見ると、東側クロークからはずいぶんと離れていますね」
「そうね。つまり、これをここに置いた人物は、東側クロークから回廊を通り、献上式会場、西側クローク、青の間の前を進んできたことになる」
移動経路に線を引くと、興味深い事実が浮かびあがった。
「右に曲がれば随行使用人、左に曲がれば貴族の控え室にたどり着くわね」
「もしも貴族側なら、犯行現場がある方向ですね」
「そうね。移動経路を考えると、この人物が怪しいのは確かだわ」
そうなると、いよいよもってクロークになにが預けられているかが気になってくる。
ルパンはそろそろ、中身を確かめられただろうか。
「お父様、わたしはクロークの調査状況を確認してまいります」
「ああ。私はこの後、枢密院の会議に出ねばならん。なにかあれば使いを出せ」
「承知いたしました」
わたしは一礼して控え室を出た。
少し歩いてから、後ろをついてきたフォーマンとフレデリックを振り返る。
「フレデリック、図書室へ行って『ミステリカ諸侯家沿革史』を借りてきてくれる?」
「護衛を離れるわけにはまいりません。フォーマンに頼んではいかがでしょう」
「これから会う人物は、男性が苦手なのよ。あなたがいると萎縮させてしまうかもしれないわ。だから、お願いできるかしら」
「………………承知しました」
フレデリックは不承不承ながらうなずくと、図書室へと向かっていった。
「……フレデリックには悪いけれど、ルパンに会わせるわけにはいかないものね」
「先輩は頭がかたいですからね。裏社会の人間は受け入れられないでしょう。……僕も最初は苦労したなぁ」
しみじみと言うフォーマンは本当に大変だったのか、思わず素が出ている。
「じゃあ、会いにいきましょうか。あのキザな怪盗さんにね」




