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モリアーティ公爵令嬢の終局的推理  作者: 国枝桜子
第一章 王宮毒殺事件

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11/20

綴られた名前は

第一話から第三話を大幅に改稿しました。すでに読んでくださった方も、よろしければもう一度お読みいただけると嬉しいです。

 朝食の時間が近づいたころ、フォーマンに起こされた。

 短い仮眠ではあったけれど、いくらか頭も身体も軽くなっている。

 身支度をすませて居間へ向かうと、父はすでに席へついていた。


「おはようございます」

「ああ」


 挨拶を終えたところで、セバスチャンが一枚の紙を差し出してきた。


「お嬢様、宮内長官府より回状が届いております」


 受け取って目を通す。

 昨夜の発言は、王太子殿下の独断によるものであり、王家としての判断ではない――そういう内容だった。

 おそらく今ごろ、あの夜会にいた各家にも同じものが渡っているだろう。


「ずいぶんと手回しが早いのですね」

「とうぜんだ。クラウディオ殿下は、ひと晩で我が家と王家の関係を二十年は後退させた」


 父は冷淡な口調でそう言うと、なにごともなかったかのように朝食へ戻った。


「次はなにを調べるつもりだ」

「そうですね……まずは、ネックレスに刻まれていた『ヘレン』について調べようと思います」


 ルパンとの約束のこともある。

 本当の持ち主がヘレンという人物なら、まずは何者なのか特定したい。

 なぜ現場からパリュールが持ち去られたのかも、そこからなにかわかるかもしれない。


 献上式は一泊二日の日程だ。警察も関係者をできるだけ王宮に引き留めているようだが、それにも限度がある。おそらく今日の午後には順次帰されるだろう。

 直接話を聞けるうちに、できるだけ調べておきたい。


 父は静かにうなずいた。


「ならば王室図書館を使え。許可は取ってある」


 思わぬことを言われて、わたしは目を丸くした。


「……よく許可がおりましたね」

「おりないほうが不自然なくらいだ。我々の嫌疑を晴らすために必要だと主張したところ、二つ返事で要望が通った」

「昨夜のことを負い目に感じているのでしょうか」

「ホレス殿下は、よほどおまえとクラウディオ殿下を婚約させたいらしい」


 珍しく皮肉げな色がにじんでいる。

 王配殿下のことになると、この父はたまにこんなふうになる。過去になにかあったのだろうと推察しているが、聞いてもはぐらかされてしまう。

 原作ゲームでは王太子の婚約者だったわたしが、今世では婚約者候補(、、)なのも、このあたりが関係していそうだ。


「フォーマン、朝食がすんだら付き合ってちょうだい」

「かしこまりました。何十冊ほど覚悟しておけばよろしいでしょうか」

「……まだ、なにを頼むかも言っていないのだけれど」

「失礼。先回りが過ぎました」


 ……まあ、そのとおりなのだが。

 優秀すぎる従者に内心頭を抱えていると、背後に控えていたフレデリックが口を挟んだ。


「お嬢様。私も手伝います」

「あなた、本を読むのは得意?」

「文字は読めます」

「……かえって不安になる答えね」


 確かに、この男が訓練していることは珍しくないが、読書をしているところは見たことがない。頭より身体を動かすのが得意なのだろう。

 フォーマンがにこやかに言った。


「ご安心ください、お嬢様。フレデリックさんが文字を読めることは、わたくしも保証します」

「……フォローになってないわよ」

「失礼いたしました」


 そっとこめかみを指で押さえる。

 これは先が思いやられそうだ。



 ◇◇◇



 王室図書館は、壁一面が天井近くまで書架で埋めつくされていた。

 木製の棚は二段にわかれ、上段には細い回廊が通っている。白い天井装飾や大理石の暖炉が、いかにも王宮らしい雰囲気だ。

 なにより目を引くのは、棚いっぱいに並んだ革装丁の本だった。

 中央には大きな閲覧卓があり、その奥にも部屋が続いている。


 なるほど、これは一日でどうにかなる量ではない。

 ちらりとフォーマンを見ると、目が合った。


「……何十冊で足りるかしら」

「さて。まずは十冊から始めましょう」


 涼しい顔で返されてしまった。

 どうやら、彼の先読みが正しかったらしい。


「ご安心ください。何百冊でも運びます」


 フレデリックが真剣な顔で請け負う。


「……読むほうも頑張ってちょうだい」

「努力します」


 なんとも頼りない返事である。

 さておき、まずはもっとも可能性が高いところからあたることにした。


 あのパリュールはメルモット嬢が身につけていたものだ。メルモット家に代々伝わるものかもしれないし、親族から形見分けされた可能性もある。

 そこで司書に頼み、まずはメルモット家の系譜録や婚姻記録を出してもらった。

 メルモット嬢自身は、建国暦九三七年三月十五日生まれだった。今年で十八歳だということは、盟杯の儀への参加も今回が初めてだったのだろう。

 そこから親族も調べていくが、いくら遡っても『ヘレン』という名は出てこない。


「母方にもいませんね」


 フォーマンが系譜録の頁をめくる。


「その前の代は?」

「こちらです。……ヘレナならおりますが」

「生没年は?」

「建国暦八七三年から九三一年」

「違うわね」


 ネックレスに刻まれていたのは、建国暦九三七年十月十四日。

 これがヘレンの誕生日なら、今は十七歳ということになる。

 もちろん、生年月日だと決まったわけではない。だが、九三七年より前に亡くなっている人物なら、少なくとも有力候補からは外していいだろう。


 結局、メルモット家とその近しい親族からは、それらしい人物を見つけられなかった。


「となると、家伝の品ではないのかしら」


 誰かから贈られたものか、さらに遠い親族から渡ったものか。

 あるいは、そもそもメルモット嬢の所有物ではなかったのかもしれない。


 そこから先は、とたんに厄介になった。


 今度は貴族名鑑や系譜録、宮廷年鑑まで引っ張り出し、『ヘレン』という名を片っぱしから拾っていく。

 家名がわからない以上、それ以外にやりようがない。


「ヘレン・アシュフォード、建国暦九二一年生まれ」

「違う」

「次は……ヘレン・ベレスフォード、九一六年生まれ」

「それも違うでしょう」


 フォーマンが名前と生年を読み上げ、わたしが照合していく。


「こちらにもいました」


 向かい側から、フレデリックが分厚い系譜録を差し出してきた。


「生年は?」


 フレデリックが頁へ視線を戻す。


「九〇八年です」

「どうして持ってきたの?」

「ヘレンでしたので」


 しばらく彼の顔を見つめる。


「フレデリック」

「はい」

「次からは、生年まで確認してから教えてちょうだい」

「わかりました」


 素直に本を引き取っていった。

 その横で、フォーマンが小さく肩を震わせている。


「……笑っているの?」

「失礼、少々呼吸が乱れまして」

「読書で?」

「図書館では静かにしなくてはなりませんから」


 その後もしばらく、三人で黙々と作業を続けた。


「ヘレン・カートライト、九三〇年」

「外れね」

「ヘレン・ダドリー。生年の記載なし」

「それは残しておきましょう」

「ヘレン・エヴァンズ、九三八年」

「一年違いだわ」


 候補は見つかるものの、なかなか九三七年生まれに行きあたらない。

 厄介なのは、生年が載っていない者だった。

 名鑑によっては、当主夫妻や跡継ぎの生年月日は記載されていても、娘たちについては名前だけということもザラだった。そのたびに別の系譜録を紐解き、該当する家を探さなくてはならない。

 結婚して家名が変わった者まで含めれば、範囲はさらに広がる。


「これは、ずいぶん骨が折れますね」


 何冊目かの名鑑を閉じたフォーマンが、ため息まじりに言った。

 卓上には開いた本と、候補を書きとめた紙が積み重なっている。そのほとんどに斜線が引かれ、残った名前には「生年不明」「要確認」という書きこみだらけだった。


「……効率が悪いわね」


 思わずつぶやく。

 姓さえわかれば、もっとずっと早いのに。

 けれど、刻印に残されていたのはヘレンという名と、十月十四日という日付、それから大華国の文字だけだ。

 このまま名前からひとりずつ拾っていては、本当に何百冊も読むことになりかねない。

 なにか別の探し方はないものだろうか。


「……誕生日から逆引きできないかしら」


 わたしのつぶやきに、フォーマンが顔をあげた。


「十月十四日生まれに絞って探せる資料があれば、もっと効率がいいはず」

「なるほど。ですが、そのようなものがあるでしょうか?」

「司書に聞いたほうが早そうね」


 わたしは受付へ行き、事情を説明した。

 話を聞いた司書は少し考えてから、うなずいた。


「それでしたら、王室誕辰帳などはいかがでしょう」

「王室誕辰帳……ああ、ロイヤルバースデーブックのことね」


 王宮を訪れた人間が、名前と生年月日を書きこむものだ。わたしも以前、五月四日の頁に記入した覚えがある。

 日付ごとにわかれているから、誕生日から人を探すにはうってつけだった。


「では、それをお願いします」


 司書は宮廷年鑑の並ぶ書架へ向かうと、厚い帳面を何冊か取り出した。

 礼を言って受け取り、閲覧卓へ戻る。


「見つかりましたか?」

「ええ。これなら早そうよ」


 さっそく十月十四日の頁を開く。

 そこには、これまでに王宮を訪れた者たちの名前と生年が、筆跡もまちまちに並んでいた。

 建国暦九三七年生まれに絞って、上から順に目を走らせていく。


「……ございませんね」

「そんなはずは……」


 ひとつ前の巻も確認すると、今度は該当する者がいた。


「あったわ。ヘレン・バーン、建国暦九三七年」


 家名をなぞる指が止まる。


「バーン……?」


 聞き覚えのある家名だ。それも確か、つい最近耳にした気がする。

 ……そうだ、ベッシー・リー。使用人控え室で出会ったあの年嵩の侍女は、バーン男爵家の侍女だったはずだ。


「バーン家を調べますか?」

「ええ。貴族名鑑を――」


 答えながら王室誕辰帳を閉じようとして、ふとすぐ下の記載に目をとめた。


 ――アリシア・ファルコナー、建国暦九三七年。


「……ファルコナー嬢?」


 見間違いではない。

 ヘレン・バーンとアリシア・ファルコナー。姓の違うふたりが、同じ年の十月十四日に生まれている。

 偶然にしてはできすぎていた。


 気になって、現行巻を手もとに引きよせる。

 ファルコナー嬢をはじめ、旧巻と共通する名前はいくつも見つかった。だが、ヘレン・バーンの名だけがない。


「妙ですね」


 同じように新旧巻を見比べていたフォーマンが眉を寄せる。


「お嬢様、こちらを」


 フレデリックが一冊の本を差し出してきた。


「バーン家の頁です」

「上出来じゃない」


 完璧なタイミングだ。

 フォーマンがわざとらしく感心した顔で、軽く拍手した。


「さすがはフレデリック先輩。感服いたしました」

「……たまたま近くを見ていただけだ」


 さっそくバーン家の系譜を調べる。

 ヘレン・バーン、建国暦九三七年十月十四日生まれ。王室誕辰帳の記載とも一致している。

 これは本人に違いないと読み進めたところで、ふと末尾に添えられた数字に目がとまった。

 建国暦九五三年三月五日。生年と紐づいて記された数字の意味は、つまり。


「……二年前に、十五歳で亡くなっている」


 ヘレン・バーン、建国暦九三七年十月十四日生まれ。

 ――建国暦九五三年三月五日、没。


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