【8話】違和感の総まとめ、迫る中間テスト
ここ数日、私はまだ本格的に踏み込んでいないカイルのことを、少し離れた場所から観察するようにしていた。
休み時間、彼は決まって誰かに頼まれごとをしている。
「これ、ちょっと手伝ってもらえる?」
「悪いんだけど」
――そう声をかけられるたびに、カイルは困ったような顔をしながらも、結局は引き受けてしまう。
「カイル、これも頼んでいい?」
「あ……うん、いいよ」
断る様子は一度も見たことがなかった。
優等生という設定からは想像していたよりも、ずっと不器用で、人に振られた仕事を黒々と抱え込んでいる様子が見て取れる。
(優しいのは間違いないけど……周りに振られすぎて、損してる感じがするな)
声をかけるべきか何度か迷ったけれど、まだ接点を持つきっかけが見つからず、結局その日も観察するだけで終わってしまった。
夜、寮の自室でノートを開き、私はこれまでの情報を整理することにした。
ユリウス(王子)
ゲーム:俺様系、自信家、威厳あり、取り巻きあり
この世界:気弱、威厳なし、取り巻きなし。だが友達のために力を使う優しさがある
カイル(幼馴染ポジション)
ゲーム:クール系、優等生、ヒロインの幼馴染
この世界:優しいが不器用。頼まれごとを断れず、一人で抱え込みがち。セレナの幼馴染ではない
ゼノン(天才魔法キャラ)
ゲーム:無口、ミステリアス
この世界:よく喋る。関西弁
ジーク(不良)
ゲーム:腕っぷし強い、ぶっきらぼう、根は優しい
この世界:真面目な学級委員長。眼鏡
エドモン(隠しキャラ・先輩)
ゲーム:無口、興味のない人とは話さない、レア
この世界:誰とでも話す。発明クラブ部長
エイデン(執事)
ゲーム:クール、なんでもそつなくこなす、一途
この世界:ドジっ子。セレナの執事ではなく、ただの同級生
書き終えて、ノートを見つめる。
(全員、見事にゲームと違う……これは、もう「ちょっとした違い」では済まされないレベルだよね)
性格が反転している人もいれば、立場や関係性そのものが変わっている人もいる。
共通点を探そうとしても、はっきりとした法則性が見えてこない。
(セレナだけが、ゲーム通りの性格……でも、その周りの環境が変わってるから、本来の魅力が誰にも伝わってない)
ノートを閉じ、ベッドに横になりながら、私はこれまでのことを振り返った。
攻略対象と向き合い、少しずつ関係を作ってきた。
けれど、この「ズレ」の正体は、いまだに分からないままだ。
(まあ、考えても仕方ないか。今は、できることをやるだけ)
翌朝、教室に入ると、黒板の端に張り出された掲示物が目に入った。
「中間試験のお知らせ」
その文字を見た瞬間、頭の中で何かが繋がった。
(中間テスト……!)
ゲームの記憶が、一気に蘇ってくる。
『アーレディ』における最初の大きなイベント。
学園生活が落ち着き始めた頃にやってくる、ストーリー的にも重要な区切りの一つだ。
(待って……これ、確か──)
記憶を辿るうち、あるイベントのことを思い出した。
中間テストの直前、セレナと親密度の高い攻略対象が、一緒に勉強する時間を持つ――というサブイベント。
当時は何気なく回収していたシーンだったけれど、今思えば、関係を深めるための重要なフラグだった。
(これ……今、まさに条件揃ってるんじゃない? 部室で、皆で勉強会とか開いたら……)
そう考えた私は、さっそく部活の時間に提案した。
「せっかく部室があるんですから、テスト前にここで勉強会をしませんか?」
「いいですね、賛成です」
「私も、それなら集中できそうだ」
皆が乗ってくれて、その日、部室には机を並べて勉強する5人の姿があった。
けれど──
(あれ……これ、私がいたらフラグ立たないんじゃ……?)
教科書を開きながら、ふとそんな考えが頭をよぎる。
誰かと誰かの距離が縮まるイベントのはずなのに、自分がこの場に居座っていたら、せっかくの空気を邪魔してしまうのではないか。
(よし……そっと抜けよう。皆だけにすれば、きっといい感じになるはず)
教科書を開きながら、ふとそんな考えが頭をよぎる。
誰かと誰かの距離が縮まるイベントのはずなのに、モブの自分がこの場に居座っていたら、せっかくの空気を邪魔してしまうのではないか。
「あ……すみません、ちょっと用事を思い出したので、私、先に失礼しますね」
そう言って席を立とうとした、その瞬間。
「待ってくれ、私も、ちょうど用事を思い出した」
「私も、すみません、今日はこれで失礼させてください」
「俺も、なんか急に用事できたわ。悪いな」
ユリウス、セレナ、ゼノンまで、次々と荷物をまとめて席を立ち始める。
(え……みんな、なんで……)
呆然としていると、最後に残っていたエイデンまでが、慌てたように荷物を抱えた。
「あ……僕も、ちょっと用事が……」
「え、エイデンさんも!?」
「す、すみません、皆さんが帰るなら、なんとなく私も……」
完全に空気にあてられたような返事だった。
(これ……結局、誰も残らないじゃん……!)
部室には、誰もいなくなってしまった。
皆の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
(せっかく勉強会、開いたのに……これじゃ、フラグも何も立たないよ……)
予想とまったく違う結末に、私はどう声をかければいいのか分からず、しばらく動けなかった。




