【7話】改装、そして噂のお茶部屋
「最近、この部室、椅子が古くて座りづらいですね」
何気なく漏らした一言だった。
深い意味はなく、ただ純粋に、部室の椅子がギシギシと音を立てるのが気になっていただけだ。
ユリウスは何も言わず、ただ静かに頷いていた。
その時は、特に気にも留めなかった。
数日後、放課後の部活の時間。部室の扉を開けた瞬間、私は思わず立ち止まった。
「……え?」
見覚えのない、上質な椅子とテーブルが並んでいる。
壁には新しいカーテンがかけられ、棚には見たことのない上等な茶器のセットが収まっていた。
割れてしまった茶器の代わりだろうか、それにしても明らかに格上の品だ。
「な、なにこれ……」
セレナも、扉のところで立ち尽くしている。
「気に入らなかったら、すぐに元に戻させる」
声の方を向くと、ユリウスが少し落ち着かない様子で立っていた。
「殿下が……これ、用意してくださったんですか?」
「……まあ。あの日、椅子が古いと言っていたから」
ユリウスは視線を逸らしながら、ぽつぽつと続けた。
「正直、こういう形で力を使うのは、好きじゃない。王族だからという理由で何かを動かすのは……どうも、性に合わない」
「だが」とユリウスは続けた。
「君たちには、世話になっている。たまには、こういう形で返すのも悪くないと思った」
その言葉に、私は思わず黙り込んでしまった。
俺様で堂々とした王子、というイメージそのものではないけれど、自分の意思で何かを動かし、誰かのために力を使う──それは確かに、ゲームで見ていたユリウスの芯に近いものがある気がした。
「ありがとうございます、殿下」
「殿下、なんて呼ばなくていい。それより、椅子の座り心地は、どうだ」
「すごく良いです! こんなに座りやすいなんて」
セレナも、エイデンも、それぞれ新しい椅子に腰を下ろして感嘆の声をあげている。
そんな話を聞いた誰かが、どこかで漏らしたのだろう。
数日のうちに、貴茶研の部室が「やたら豪華になった」という噂が、ちらほらと学園内に広がっていった。
「あの部活、ユリウス殿下がいるんだって」
「部室、すごく豪華にしたらしいよ」──そんな会話を、廊下で耳にすることも増えた。
部活の時間、その話題が出ると、セレナが小さく首をかしげた。
「話題になってる割には、見学に来る人、全然いませんね」
「不思議だな。噂は広まってるはずなのに」
ユリウスも、紅茶のカップを傾けながら呟く。
「殿下がいるって聞いて、気軽には来れないんじゃないですか? 私だったら、ちょっと緊張しちゃいます」
エイデンがそう言うと、ユリウスは少し気まずそうに目を逸らした。
「……それは、私のせいか」
「いえ、そういう意味では……」
その時、控えめなノックの音が部室に響いた。
「失礼しまーす。ここ、噂のお茶部屋か?」
開いた扉から顔を出したのは、ゼノンだった。
私はちょうど口に含んでいたお茶を、思わずぶっと吹き出してしまった。
「げほっ……! ゼ、ゼノンさん!?」
「うわ、いきなり吹くんかい。何やそんな驚くこと?」
「いえ、まさか誰か来ると思わなくて……!」
つい先ほどまで「誰も来ない」という話をしていたばかりだったのに、まさかこのタイミングで現れるとは思わなかった。
「おう、久しぶりやな。なんか、めっちゃ豪華になったって聞いて、ちょっと覗きに来てもうた」
部室の中を見渡し、ゼノンは口笛を吹いた。
「おお、ほんまや。何やこの椅子、めっちゃ座り心地良さそうやん」
遠慮なく中に入り、空いている椅子にどさっと腰を下ろす。
「お茶、もらってもいい? せっかく来たんやし」
口元をハンカチで拭いながら、私は笑いをこらえて頷いた。
「もちろんです。今、用意しますね」
(さっきまで誰も来ないって話してたのに……噂って、こういう時にちゃんと効くんだ……)
新しい攻略対象との接点に、内心でひそかにガッツポーズをしながら、私は茶器に手を伸ばした。




