【5話】もう1人の見つからない攻略対象
エドモンの一件以来、私は少しずつ違和感のリストを更新していた。
けれど、ある日ふと気づいたことがある。
(あれ……ジーク、見てないな)
ゲームの記憶を辿る。
ジーク・オストレム、不良系の攻略対象。
腕っぷしが強く、見た目も雰囲気もそれなりに目立つはずのキャラクターだ。
入学から数日経っているのに、一度もその姿を見かけていない。
(クラス、どこだったかな……)
休み時間、私は教務室の前に貼られている学年名簿に目を通してみた。
指でなぞりながらクラス分けを確認していくと、ジーク・オストレムの名前は、隣のクラスにしっかりと記載されていた。
(やっぱりいるはず……なのに、見たことない)
教室の前まで行って覗いてみても、特に目立つ生徒は見当たらない。
(不良キャラだもんね……サボってるとか、ありそう)
ゲームの設定的にも納得できる話だった。
授業に出ず、どこかで時間を潰している。
それなら見かけないのも当然だ。そう結論づけて、私はその場を離れた。
その日の休み時間、隣のクラスの前を通りかかったとき、教室の中から先生の声が聞こえてきた。
「ジーク、悪いけど、このプリント、各クラスに配っておいてくれるか」
「分かりました。すぐに配ります」
落ち着いた声が返ってくる。
思わず足を止め、教室の中を覗き込んだ。
返事をしたのは、きちんと制服を着込んだ、眼鏡をかけた生徒だった。
机の上に積まれたプリントの束を手早くまとめ、慣れた様子で教室を出ていく。
(……あれが、ジーク?)
その後ろ姿を見送りながら、私は呆然と立ち尽くした。
「ジーク君、また委員長の仕事? 大変だね」
近くにいた生徒が、すれ違いざまに声をかけている。
「いえ、これくらいは。それより、明日の提出物、忘れないでくださいね」
返ってきた声は、丁寧で、淀みなく、まさに「真面目な学級委員長」そのものだった。
(腕っぷし強くてぶっきらぼうな不良キャラが……学級委員長で、プリント配りまでしてる……?)
予想とまったく違う光景に、しばらくその場から動けなかった。
声をかけるべきかと一瞬迷ったけれど、今日のところは様子を見るだけにしておくことにした。
放課後、寮の自室に戻る前に、私はセレナとユリウスとお茶をする時間を持つことにしていた。
最近はこの三人でのお茶の時間が、すっかり日課になっている。
「今日もありがとうございます、モブリーヌさん」
「いえいえ、こちらこそ。殿下も、最近表情が柔らかくなった気がします」
「……そう、かな」
ユリウスは少し気恥ずかしそうに視線を逸らしたが、以前のような怯えた様子はもうあまり見られない。
セレナも、最初の頃よりずっと自然に笑うようになった。
二人がぽつぽつと言葉を交わす様子を眺めながら、私はふと、ゲームでのあるイベントシーンを思い出してしまった。
文化祭の準備中、二人がたまたま居残り作業になって、ぎこちなく言葉を交わす、ちょっとしたサブイベント。
当時は何気ないワンシーンとしてしか見ていなかったけれど、今こうして本人たちを目の前にすると、妙に感慨深い。
(あれ、こういう空気感だったなあ……)
思い出すだけで、自然と口元が緩んでしまう。
(にやにやが止まらない……いいぞ、いいぞ、この調子で……)
「モブリーヌさん? なんだか、楽しそうですね」
セレナに見抜かれて、私は慌てて表情を整えた。
「い、いえ! 何でもありません! お二人を見ているだけで、なんだか嬉しくなってしまって」
「……そうなのか? 変な奴だな」
ユリウスが少し呆れたように呟いたが、その口元はわずかに笑っていた。
「お二人とこうしてお話しする時間、私にとってもすごく大切なんです」
セレナがそう言うと、ユリウスも小さく頷いた。
「私も……正直、こんな風に毎日誰かと過ごせるなんて、思っていなかった」
二人の言葉に、胸がほっと温かくなる。
(よかった……少しずつだけど、いい方向に進んでる気がする)
それでも、頭の片隅には、今日見たばかりの「委員長ジーク」の姿がちらついていた。
(あれは、絶対に確かめないと……でも、どう近づこう)
不良キャラとはまったく違う雰囲気の彼に、どうやって声をかければいいのか。
新しい課題を抱えたまま、私はその日のお茶の時間を終えた。




