【29話】気にしてないので
翌日の朝礼で、担任のヴォルフ先生がこう言った。
「昨日の遠足において、ユリウス・アーレンディア君が率先してチームを指揮し、前人未到の半日登頂を達成した。学園の誇りとして記録に残す」
教室に拍手が響く。
(……あー)
モブリーヌは窓の外を見た。
空が青い。雲が白い。鳥が飛んでいる。世界は美しい。
「先生」
拍手がまだ続いている中、ユリウスが立ち上がった。
教室がしんと静まった。殿下が発言するとなれば、誰だって黙る。
「その記録は正確ではありません」
ヴォルフ先生が眉を上げた。
「ん?」
「チームを指揮したのは私ではない。工程を立案し、罠の回避ルートを割り出し、全員に指示を出したのはヴァイス・モブリーヌです。私はゲートの起動に雷魔法を使っただけです」
さざ波のようにざわめきが広がった。
視線が一斉にモブリーヌへ向く。
モブリーヌは完全に固まっていた。
(え、待って、今すごく顔が見られてる)
「それから」とユリウスが続けた。
「ゼノンは無詠唱でサポート魔法を展開し続け、セレナは負傷者が出た際の回復に備えていた。チーム全員がそれぞれの役割を果たした結果です。一人の手柄として記録されるべきではないと思います」
教室がしんと静まった。
ヴォルフ先生がモブリーヌを見た。
「ヴァイス、事実か?」
「……あ、えと」
全員が自分を見ている。
クラスメイト三十人と、先生と、あとなぜかユリウスまで真っ直ぐこちらを見ている。
「…………大体、そんな感じです」
「大体ではなく正確にそうです」とユリウスが即座に被せた。
「それから、ヴァイスは前日の夜に眠れないほど準備をしていた。昨日の朝、目の下にくまができていたのを私は見ている」
「それは言わなくていいです!?」
思わず素が出た。
教室がどっと沸いた。
ヴォルフ先生が苦笑しながら頷いた。
「分かった。チーム全員の功績として記録しよう」
再び拍手が起きた。
さっきより少し大きかった。
モブリーヌは顔が熱いのを感じながら、前を向いたまま小声でユリウスに言った。
「……殿下、目のくまは余計です」
「事実だ」
「事実でも言わ方がいいことってあるんですよ」
「そうなのか。覚えておく」
天然か。
絶対に覚えないな。
昼休み。
貴茶研の部室。
「モブちゃん、顔まだ赤い」とセレナが笑いながら言った。
「赤くない」
「真っ赤だよ」
「気のせい」
「ゼノンくん、どう見える?」
「めちゃくちゃ赤いな」
「エイデンくんは?」
「茹でたロブスターみたいです」
「それは言い過ぎでは!?」
ユリウスはお茶を飲みながら首を傾けた。
「でも本当に赤い。具合でも悪いのか?」
「天然なのか、煽りなのか……」
「さっき教室で固まってたのは?」
「気にしてなかったのに急に言うから驚いただけです」
「なら気にはしてたんだ」
「…………三パーくらい」
ゼノンが噴き出した。
エイデンが笑いをこらえた。
セレナだけが真剣な顔で頷いていた。
「三パーでも正直に言えて偉い」。
ユリウスはきょとんとしていた。
今日も貴茶研は平和です。




