【30話】森へ、ピクニック
部活が休みの日は、なんとなく手持ち無沙汰になる。
ゼノンは家の用事、ユリウスは王宮の呼び出し、エイデンは剣術の自主練。
皆の都合が合わず、今日の貴茶研は休みになった。
私はセレナと並んで寮への廊下を歩いていた。
「ねえモブちゃん」
「なに?」
「卒業したら、何したい?」
少し前に話したことだった。
セレナと2人で夜にした、他愛ない会話。
私が「まだ分からない」と言って、セレナが「モブちゃんと一緒にいられたらいい」と言った、あの話。
「まだ決めてないよ。セレナは?」
「冒険者もいいなって思って」
「冒険者?」
「うん。モブちゃんの組み合わせ魔法、絶対強いと思うし。私も回復魔法あるし。2人でやっていけそうじゃない?」
少し考えた。
冒険者。セレナと2人で。
(……悪くない)
「でも実戦経験ないよ、私たち」
「じゃあ今日、ハイキングがてら近くの森に行ってみない? 確か弱い魔物しか出ないって聞いたし」
「いきなりだね」
「暇でしょ?」
「……まあ」
空を見上げた。
青い。
天気もいい。部活も休みだ。
「行こっか」
出発前に、2人で学園のカフェに寄った。
「何にする?」とセレナ。
「サンドイッチにする」
「私も。ハムとチーズどっちがいい?」
「チーズで」
「じゃあ私ハムにする。半分こしよ」
カフェのおばさんがサンドイッチを包んでくれた。
セレナがそれを大事そうに布袋に入れた。
「遠足みたい」
「遠足は先週やったじゃん」
「今度は先生なしの遠足」
「それはただのハイキングでは」
「モブちゃんと2人のハイキング」
セレナがにこにこしながら言った。
なんとなく悪い気がしなくて、黙って頷いた。
森に入ってしばらく歩くと、茂みがざわりと揺れた。
出てきたのは丸っこいスライム型の魔物だった。
ぷるぷるしている。
弱い。
見るからに弱い。
(来た)
目が光った。
「セレナ、下がって」
「え、でも——」
「大丈夫。練習の成果を見せるから」
「練習?」
深く息を吸った。
両手を前に構える。
前世で何度も見たあのフォームを完璧に再現して。
「か○はめ——波!!」
魔力を収束させた光線が飛んだ。
スライムが消し飛んだ。
沈黙。
「……なんで声のトーン変わったの」とセレナ。
「変わってない」
「変わってたよ。急に低くなった」
「気のせい」
「気のせいじゃない」
咳払いをした。
次の魔物が出てきた。
今度はコウモリ型だ。
右手を掲げた。
「螺○丸!!」
回転する魔力弾が飛んだ。
コウモリが消し飛んだ。
「……さっきと同じじゃない?」とセレナ。
「違う。回転してる」
「回転してるだけで同じじゃない?」
「回転は大事なの」
三体目が出てきた。
芋虫型だ。
左手を前に突き出した。
「霊○!!」
青白い炎が飛んだ。
芋虫が消し飛んだ。
(……決まった)
煙が晴れていくのをぼんやり眺めた。
我ながら綺麗なフォームだった。
前世で何百回も見たあの技が、ちゃんと再現できている。
感慨深い。
実に感慨深い——
「モブちゃん、後ろ」
声と同時に、セレナの手から白い光が飛んだ。
私の背後で、何かが消し飛ぶ音がした。
振り返ると、地面に魔物の残骸があった。
コウモリ型だ。いつの間に来ていたのか。
セレナが私を見た。
「余韻に浸るのは戦闘が終わってからにして」
「……ごめん」
「隙だらけだったよ」
「……うん」
「冒険者になるならちゃんとして」
「……肝に銘じます」
セレナはそれだけ言って、また前を向いた。
特に得意げでも怒り続けるでもなく、ただ淡々と。
(……強い)
素直にそう思った。
四体目が出てきた。
今度は狼型だ。少し大きい。
(来た……が)
(次は……次は……)
頭が真っ白になった。
両手を前に構えた。
「か○はめ——波!!」
魔力を収束させた光線が飛んだ。
狼が消し飛んだ。
沈黙。
「……モブちゃん」とセレナ。
「なに」
「それ、一番最初と同じじゃない?」
「……とっさに出た」
「他になかったの?」
「……あった」
「じゃあなんで」
「……か○はめ波が一番しっくりくるから」
「ネタ切れじゃない?」
「…………少しだけ」
セレナが深くため息をついた。
「真面目にやってよ」
「やってる、すごく真面目に」
「なんでそんな声出してるの?毎回違うし」
「……雰囲気が出るから」
セレナがじっと私を見た。
私も真っ直ぐ見返した。
「雰囲気」
「うん」
「魔物を倒すのに」
「うん」
「雰囲気が」
「大事なの」
セレナは長い沈黙の後、深くため息をついた。
「……モブちゃんが楽しそうだからいいけど」
「楽しいです。はい。」
「それは分かってた」
魔物が出なくなると、2人は木陰を見つけてサンドイッチを広げた。
「強かったね、モブちゃん」
「そうでもない。相手が弱かっただけ」
「でも楽しかった」とセレナが笑った。
「モブちゃんとなら冒険者も楽しくやれそう」
(……そうか)
胸の中で何かがじんわりと温かくなった。
「……そうかな」
「そうだよ。絶対」
サンドイッチをひとくち食べた。
チーズが溶けていて美味しかった。
「ねえ、モブちゃん」
「なに」
「あの技、いつから練習してたの?」
「……入学してすぐくらいから」
「そうなんだ」とセレナ。
少し間があった。「知ってたよ」
「……え?」
「夜中に中庭で練習してるの、ずっと見てた」
固まった。
「……いつから」
「最初の頃から」
「……全部?」
「全部」
沈黙。
風が木の葉を揺らした。
どこかで鳥が鳴いた。
「……なんで言わなかったの」
「楽しそうだったから」とセレナ。
「邪魔したら悪いなって」
「……」
「あの声出しながら練習してる時、すごくいい顔してるよ、モブちゃん」
顔が熱くなるのを感じた。
サンドイッチに視線を落とした。
「……忘れて」
「忘れない」
「お願い」
「忘れない」
セレナがくすくす笑った。
「ねえ、モブちゃん」
「なに」
「卒業したら、一緒に冒険者やろうよ」
少し考えた。
「冒険者もいいけど……他にもやってみたいこといっぱいあるかも」
「あるある。映画館とか、今やってる映画まだ全部見てないし」
「ゲームセンターも」
「美味しいもの食べに行くのも」
「それは将来の夢じゃなくて、ただやりたいことじゃない?」
「いいの」
なんとなく黙った。
「……卒業してからもやりたいこと探しながらやっていこうか」
「それがいい」とセレナが笑った。
「決めなくていいよね、まだ」
「うん。まだ」
セレナが隣で微笑んだ。
木漏れ日が2人の間に落ちていく。
(ifルートも、悪くないな)




