【28話】遠足、最速をめざして
遠足前夜、私は楽しみすぎて、ほとんど眠ることができなかった。
明日のルート、攻略のタイミング、頭の中でシミュレーションを繰り返していると、気づけば窓の外が明るくなっていた。
「モブちゃん……目の下、すごいことになってるよ」
朝、セレナが心配そうな顔で指摘してきた。
「大丈夫です、寝なくても、頭は冴えてるので」
「いや、それ、ちょっと怖い顔してるよ……」
鏡を見ると、確かに目の下に濃いクマができていた。
それでも、口元には、自然と笑みが浮かんでいる。
どこか、狂気を感じさせる笑みだったのか、セレナが、わずかに身を引いた。
「あの……本当に、大丈夫?」
「はい、絶好調です」
「いや、絶好調な人は、そんな顔しないと思うけど」
ゼノンも、少し引いた様子でこちらを見ていた。
「実は、ゆうべ、モブちゃんが何かずっと呟いてて、ちょっと怖かったんだよね」
セレナが、ぼそりと、そう付け加えた。
「呟いてた……? 何をですか?」
「『ここで火球を撃って』『次は左に避けて』とか、ずっと寝言みたいに言ってて」
「……あ、それは、シミュレーションの続きをしてたんだと思います」
少し気恥ずかしくなりながらも、私は気持ちを切り替え、集合場所へ向かった。
出発の合図と共に、私たちは山道に足を踏み入れた。
「最初の魔物、ここら辺に潜んでるはずです。ゼノンさん、あそこの茂みに、火魔法を撃ってもらえますか」
「ここか?」
ゼノンが、軽い調子で、指示された茂みに向けて火魔法を放った。
炎が広がった瞬間、潜んでいた魔物が、姿を見せる前に焼かれて倒れた。
「すごい……本当に、出てくる前に分かるんですね」
セレナが、感心したように呟いた。
その後も、罠の位置を事前に把握していたおかげで、誰も踏むことなく、スムーズに進んでいく。
「あそこ、地面の色が違うので、踏まないでください。殿下、その先の岩、少し崩れやすいので、右側を通ってください」
「分かった」
ユリウスが、指示通りに右側へ進路を変えた。
「セレナは、このまま真っ直ぐで大丈夫です」
「うん、了解」
私の指示に従って、皆が、的確に山道を進んでいく。
記憶していたルートそのままに、最短経路を辿り続けた。
「これ……本当に、半日もかからないんじゃないか」
ユリウスが、驚いた様子で呟いた。
そして、予想していた通り、出発から数時間後、私たちは山の頂上に到達した。
「やった……! 着きました!」
頂上には、小さな台座があり、その上にスタンプが置かれていた。
「これ、押すんですよね」
「はい、踏破の証明になるはずです」
順番に紙へスタンプを押し、私たちは、達成感に包まれていた。
「じゃあ、下山しようか」
ゼノンが、そう言いかけたところで、私はふと、ある記憶を思い出した。
ゲームの記憶を辿ると、頂上付近のある特定の場所に、下山を一瞬で済ませる、隠しゲートの存在があったことを思い出す。
(ゲームには、確かにあったけど……この世界に、本当に存在するのかは分からないな)
これまで、ゲームと違う部分も多く目にしてきた。
半信半疑のまま、それでも試してみる価値はあると思い、私は声をかけた。
「あの、ちょっと待ってください。試したいことがあって」
「……?」
訝しげな皆を引き連れて、私は記憶を頼りに、特定の岩場まで移動した。
「ここに、雷魔法を撃ってみてもらえますか」
「ここに、か?」
ユリウスが、少し戸惑いながらも、指示された場所に向けて雷魔法を放った。
「『裂け、雷光』」
魔法が命中した瞬間、岩場の一部が光り輝き、巨大な魔法陣のようなゲートが、突如として姿を現した。
「えっ……!?」
セレナが、驚いた声を上げた。
「これ……何ですか!?」
「ワープゲートです。これを使えば、一瞬で下山できるはずです」
「なんでそんなこと、知ってるんや……つーか、そんな魔法、本当にあるんか」
ゼノンが、信じられないといった様子で、ゲートを見つめた。
「えっと……本で読んだ、気がして」
「そんな本、どこにあるんや。聞いたことないけど」
「えっと……どこかの、古い図書館で、たまたま……」
歯切れの悪い返事をする私を、皆が、訝しげに見つめていた。
恐る恐るゲートに足を踏み入れると、視界が一瞬白く染まり、次の瞬間には、山の麓に立っていた。
「これは……本当に、一瞬で……」
ユリウスも、呆然とした様子で周囲を見渡した。
私たちが下山した姿を見つけた先生たちが、慌てて駆け寄ってきた。
「怪我人か?忘れ物か?」
「踏破してきました」
「いや、そんな短時間で下山するなんて、ありえない。何か、おかしなことをしたんじゃないか」
先生の一人が、鋭い視線でこちらを見据えてきた。
「えっと……山頂付近で、特別なゲートを見つけて、それを使ったんです」
「ゲート……? そんなもの、聞いたこともない」
「学園の記録にも、一切記載がない。本当に、そんなものが存在するのか?」
別の先生も、疑わしそうに眉をひそめた。
「噂程度にも、聞いたことがありません。にわかには信じがたい話ですね」
その言葉に、ユリウスが、すっと一歩前に出た。
「彼女の説明を、疑うのか」
普段とは違う、はっきりとした声音だった。先生たちが、思わずたじろぐ。
「ユ、ユリウス君、そういう意味では……」
「彼女は、本当のことを話している。私の魔法で、実際にゲートを起動させたのを、この目で見た」
ユリウスは、こちらに視線を向けながら、続けた。
「君が、不正をしたかのように悪く言われるのが、許せなかった。だから、はっきりさせておきたい」
「殿下……」
その言葉に、私は思わず胸が熱くなった。
先生たちは、互いに顔を見合わせ、すぐに頭を下げた。
「失礼しました。ユリウス君の証言があるなら、信じるべきでした」
「報告書には、正しく記載してほしい。彼女たちの功績として」
「承知しました」
先生たちが、半ば納得出来ない様子で去っていくのを見送りながら、私はユリウスに向き直った。
「殿下、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでだ」
少し気恥ずかしそうに、ユリウスはそう答えた。
「結果的に、めちゃ良いチームやったってことやな」
ゼノンが、満足げに笑った。
達成感を感じながらも、私はその場で、ぶつぶつと一人で呟き始めていた。
「最初の魔物発見、想定通り。罠の回避、完璧。雷魔法の威力、予想以上……次の機会には、もう少し補給食の量を見直すべきか……」
「えっと……モブちゃん?」
セレナが、恐る恐る声をかけてきた。
「あ、すみません。つい、反省会を……」
「いや、誰もやってって言ってないけど」
ゼノンが、苦笑いしながら言った。
「今日のモブリーヌ、ちょっと怖いな」
「す、すみません」
我に返って、私は気恥ずかしさを感じながら、ノートを閉じた。
「これなら、ご飯食べに行く時間、十分にありますね」
「いいですね、行きましょう」
セレナが、嬉しそうに賛同した。
「俺、美味しい店知っとるから、案内するわ」
ゼノンの案内で、私たちは、賑やかに街の食堂へと向かうことになった。
私は、今日一日を振り返りながら、皆と一緒に、温かい昼食の時間を楽しむことにした。




