【26話】それぞれの朝
翌朝、目を覚ますと、セレナはすでに身支度を終えていた。
「おはよう」
「お……おはよう」
声をかけても、いつもより少し、よそよそしい返事が返ってくる。
昨日の余韻が、まだ続いているらしい。
(これは、まだ昨日のこと、引きずってるな)
少し悪戯心が湧いて、私はあえて、いつも以上に明るく声をかけることにした。
「おはよう、セレナ。今日も可愛いね」
そう言いながら、軽く頭を撫でる。
「な……っ」
セレナの顔が、一瞬で赤く染まった。
「もう……っ」
頬を膨らませながら、セレナは小さく呟いた。
「意地悪」
「ふふ、ごめんごめん」
それでも、その表情には、どこか嬉しそうな雰囲気も混ざっていた。
朝食を済ませ、二人で教室に向かう。
席に着くと、ちょうどユリウスも教室に入ってきた。
「おはよう」
「お、おはようございます」
声をかけられた瞬間、昨日の出来事が脳裏に浮かび、私は思わず目を逸らしてしまった。
「あの……モブリーヌさん」
ユリウスが、いつもより少し改まった様子で、こちらに近づいてきた。
「昨日の発言について、少し、説明したいことがある」
「えっ……」
周りに人がいないことを確認しながら、ユリウスは、真面目な表情で続けた。
「あの言葉は、決して、特別な意味で言ったわけではない。ただ、君と一緒にいる時間が、自分にとって心地よいものだと、改めて感じていただけだ」
「あ……」
「もし、誤解を与えてしまったなら、申し訳なく思う」
きちんと頭を下げるユリウスを見て、私は少し慌てて手を振った。
「い、いえ、大丈夫です! 私も、特に変な意味では受け取ってないので……」
「そう、なら良かった」
ユリウスは、少し安堵した表情を浮かべた。
「これからも、こうして気軽に話せる関係を、続けていきたいと思っている。それだけは、伝えておきたかった」
真面目すぎるくらいの誠実な言葉に、私は少し気恥ずかしくなりながらも、素直に頷いた。
「はい、私もそう思います」
「……ありがとう」
ユリウスが、ほっとしたように微笑んだ。
そのやり取りを、隣で見ていたセレナが、ぽつりと呟いた。
「殿下、本当に真面目だね」
「うん、本当に」
朝の教室に、いつもより少し穏やかな空気が流れていた。
その後、休み時間になると、教室の隅で、何人かの女子生徒が、こそこそと話している声が聞こえてきた。
「最近、ユリウス殿下、すごく素敵じゃない?」
「分かる。前は、ちょっと暗い印象だったけど、最近は、すごく堂々として見える」
「あの真面目な感じも、なんかいいよね」
「今度、思い切って話しかけてみようかな」
(あれ……殿下、人気出てきてる……?)
そんな話を耳にしながら、私はセレナと顔を見合わせた。
「セレナ、聞いた?」
「うん。最近、殿下のこと話す子、増えてる気がする」
確かに、思い返してみれば、以前のユリウスは、いつも控えめで、目立たないように振る舞っていた。
けれど、最近では、自信を持った発言や、堂々とした立ち振る舞いが増えている。
(あの「自信を持ってほしい」って伝えたこと、ちゃんと根付いてきてるんだ)
そう思うと、なんだか嬉しい気持ちが湧いてきた。
放課後、部室に向かう途中、女子生徒のグループが、ユリウスに何やら話しかけている場面に出くわした。
「殿下、今度の遠足、楽しみですね」
「ああ、そうだな。皆と一緒に過ごせるのを、楽しみにしている」
落ち着いた様子で答えるユリウスに、女子生徒たちは、頬を染めながら笑顔を見せていた。
「これ……完全に、人気者の対応じゃないですか」
私がそう呟くと、隣にいたゼノンが、にやにやしながら反応した。
「殿下、最近、めっちゃ人気上がっとるからな。前はあんなに気弱やったのに」
「自分でも、変化を感じている」
ユリウスが、少し気恥ずかしそうに、そう答えた。
「これも、君のおかげだ」
「私の……?」
「自信を持つようにと、言ってくれたから」
そう言って微笑むユリウスを見ながら、私は、改めて、これまでの積み重ねが、ちゃんと形になっていることを実感していた。
(これは……ある意味、計画通り、なのかも)
部室に向かう足取りが、いつもより少し軽くなっているのを感じながら、私はその日の出来事を、静かに噛みしめていた。




