【25話】初めての魔法実技
入学から数ヶ月、ようやく初めての魔法実技の授業が行われることになった。
これまで座学ばかりだったので、皆、心なしか緊張した様子で訓練場に集まっている。
今日の魔法実技は、2クラス合同の授業だった。
クラスが違っても、選択した科目が同じであれば、一緒に受けられる仕組みになっている。
だから、隣のクラスのゼノンも、こうして同じ場にいるわけだ。
(ジークさんは、確か剣術を選んでたはず。だから、今日はいないんだよね)
エイデンさんも、剣技の授業を選んでいたので、こちらにはいない。
ゲームだと殿下も剣術だったはずだけど……
あれ?こっちにいる?
そんなことを考えながら、私は訓練場の隅で、皆の様子を見守っていた。
「今日は、基礎的な攻撃魔法の発動を確認します」
先生の指示で、一人ずつ前に出て、魔法を発動することになった。
「では、ユリウス君から」
「分かりました」
ユリウスが、静かに前に出て、両手をかざす。
「……『裂け、雷光』」
その瞬間、空気を切り裂くような音が響き、訓練場の的が、一瞬のうちに黒焦げになるほどの雷撃が放たれた。
「えっ……」
周りの生徒たちが、一斉にざわついた。
「殿下、すごいですね……」
「いや、これは……基礎魔法、というレベルじゃない気がする」
威力を確認した先生も、驚いた表情を隠せていなかった。
次に呼ばれたのは、セレナだった。
「失礼します」
セレナが、両手を合わせ、小さく祈るように呟く。
「『満ちよ、聖なる光』」
柔らかな光が、セレナの周りを包み込んだかと思うと、その光が、訓練場全体に広がり、傷ついていた的や、訓練設備が、見る間に修復されていく。
「これは……回復だけでなく、修復まで……」
先生が、目を丸くして呟いた。
続いて呼ばれたのは、ゼノンだった。
「俺の番か。じゃあ、いくで」
軽い調子でそう言うと、ゼノンは詠唱もせず、すっと右手を掲げた。
「えっ……詠唱、しないんですか?」
「いらんいらん。こんなん、詠唱するまでもないし」
よそ見をしながらそう言うと、ゼノンの手のひらから、無数の魔法の刃が出現し、的を切り裂いた。
それだけでなく、刃の一部が空中で軌道を変え、的の周りを華麗に旋回してから、最後に的を粉々に粉砕した。
「これは……無詠唱、しかも演出まで……」
先生が、驚きを通り越して、呆然とした様子で呟いた。
「ちょっと遊んでみたけど、どうやった?」
ゼノンが、得意げにこちらを向いて笑った。
「す、すごかったです……パフォーマンスまで……」
そして、最後に呼ばれたのは、私だった。
「では、モブリーヌさん」
「はい」
前に出て、両手を構える。
私の出力自体は、特別優れているわけではない。
けれど、ゲームの記憶の中には、複数の魔法を組み合わせる方法についての知識があった。
「『揺れよ、大気』、『集え、火の粒』」
二つの魔法を連続して発動させると、まず大気が揺らぎ、火の粒がその揺らぎに乗って、一気に拡散しながら燃え広がった。
単体では小さな威力の魔法でも、組み合わせることで、的全体を包み込むほどの炎が生まれる。
「これは……複数属性を組み合わせた魔法ですね。発想が面白い」
先生が、感心したように頷いた。
「単体の威力はそれほどでもないですが、知識と工夫で、十分な結果を出していますね」
周りの生徒たちも、興味深そうにこちらを見ていた。
「モブリーヌ、お前の魔法、なんか発想が面白いな」
ゼノンが、感心したように言った。
「これでも、いろいろ勉強したので」
そう答えながら、私は密かに、ゲームでの知識が、こんな形でも役に立つことに、改めて驚いていた。
訓練が終わった後、皆でその日の結果を振り返った。
「殿下、剣技も得意だって聞いたことありますけど、なんで魔法の授業を選んだんですか?」
何気なく尋ねると、ユリウスは少し考えるように視線を落とした。
「……君が、こちらにいるから」
「え……」
予想していなかった答えに、私は思わず固まった。
「魔法の授業の方が、君と一緒に過ごせる時間が長いと思って」
静かに、けれどはっきりとそう言うユリウスを見て、頬が一気に熱くなる。
「な……何を、急に……!」
「おお、殿下、なかなかやるやん」
ゼノンが、にやにやしながら茶々を入れてきた。
「君がいるから、って、めちゃストレートやな」
「そ、それは、別に、変な意味では……」
ユリウスも、少し気恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「……そう、なんですね」
セレナが、少し複雑そうな表情で、ぽつりと呟いた。
「セレナさん?」
セレナは、少し頬を膨らませながら、ユリウスの方を見据えた。
「殿下、モブちゃんは、私のお友達なので。あげませんよ」
「あ、いや……そういう意味では……」
「分かってます。でも、一応、言っておきたかったので」
きっぱりとそう言い切るセレナに、ユリウスは少し困ったような表情を浮かべた。
「べ、別に、取り合いみたいな話じゃないというか……!」
慌てて声を上げると、ゼノンが、さらに楽しそうに笑い始めた。
「セレナ、やきもち妬いてるんか?可愛ええな」
「これは、やきもちじゃなくて、ただの事実です」
セレナは、真面目な顔のままそう言い切ると、私の腕に、ぎゅっと抱きついてきた。
「モブちゃんは、私の特別な人ですから」
「セ、セレナ……!」
両側から熱い視線(一方は恥ずかしさ、一方は微笑ましさ)を受けながら、私はどう反応すればいいのか分からず、ただ顔を赤くするしかなかった。
訓練場を出たところで、私は小さく息を吐いた。
(今日は、もう、部活に顔を出すの、無理かもしれない)
ユリウスのあの一言が、まだ頭の中をぐるぐると回っている。
とても、まともに顔を見られる気がしなかった。
「すみません、私、今日は部活お休みします」
「え、具合でも悪い?」
「ちょっと、色々あって……」
「ふーん、そうなんだ」
放課後になり、まっすぐ寮に帰ろうとすると、セレナも、当然のように隣についてきた。
「セレナも、部活休むの?」
「うん。今日は、モブちゃんと一緒に帰ろうかなって」
特に深い理由を述べることもなく、セレナはにこにこしながら歩き続けた。
寮までの道のり、しばらく無言の時間が続いた後、セレナがふと、ぽつりと口を開いた。
「殿下、本当に、モブちゃんのことが好きなんだと思う」
「セ、セレナ……まだ、その話……」
「気になるから、つい」
「あの、もう、その話は……」
なんとか話題を変えようとしたものの、セレナは、まだ少し納得していない様子で、何度も同じことを繰り返した。
「殿下って、ある意味、すごいよね。あんなに無自覚に、人の心、揺らしちゃうんだもん」
セレナが、感心したように呟いたものの、その表情には、まだどこか不満そうな様子が残っていた。
そんな会話をしながら歩いているうちに、寮の建物が見えてきた。
階段を上り、自室の扉を開けると、二人でそれぞれのベッドに腰を下ろす。
「セレナ、まだ何か、気になることあるの?」
「……ちょっとだけ」
「機嫌、直してくれない?」
そう尋ねると、セレナは少し考えるように視線を彷徨わせた。
「じゃあ……モブちゃんが、とっておいたプリン、頂戴」
「え、それでいいの?」
「うん、それでいい」
意外なほど単純な要求に、私は思わず笑ってしまった。
「分かった、あげる」
冷蔵箱から、大切にしまっておいたプリンを取り出し、セレナに手渡す。セレナは、嬉しそうにそれを受け取り、ゆっくりと食べ始めた。
「美味しい……」
食べ終わった後、セレナは少し気恥ずかしそうに、ぽつりと呟いた。
「ごめんね、わがまま言って」
「ううん、全然」
「困らせるつもりは、なかったんだけど……」
セレナは、少し言葉を選びながら、続けた。
「ただ、殿下に、モブちゃんを取られる気がして、嫌だったの」
「……セレナ」
その言葉に、胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「私、モブちゃんと一緒にいる時間、本当に大切にしてるから。それを、ちょっと邪魔されたような気がして」
「セレナの気持ち、ちゃんと分かったよ。ありがとう、言ってくれて」
「うん……」
セレナは、少し恥ずかしそうに、けれど安心したような表情で、小さく微笑んだ。
寮の部屋に、穏やかな空気が戻っていく。プリンの空き容器を片付けながら、私は、セレナの素直な気持ちに、改めて愛しさを感じていた。
「セレナの気持ち、ちゃんと分かったよ。ありがとう、言ってくれて」
「うん……」
セレナは、少し恥ずかしそうに、けれど安心したような表情で、小さく微笑んだ。
そんな様子を見ていると、なんだか胸の奥がきゅんとして、私は思わず、セレナの頭に手を伸ばした。
「セレナは可愛いなぁ」
そう言いながら、軽く頭を撫でる。
「……っ」
セレナは、一瞬で顔を真っ赁に染め上げた。
「セレナ?」
「……っ、な、なんでもない」
何も言わずに、ぱっと身を引いて、ベッドの方へ離れていく。
「あれ、どうしたの?」
「な、なんでもないから……!」
普段は積極的に距離を詰めてくるセレナが、今度は逆に、こちらから距離を取っている。
その様子が、なんだか新鮮で、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ、セレナ、照れてる」
「……っ」
布団に顔を埋めながら、もごもごしているセレナ。
その耳が、まだ赤く染まっているのが見えた。
(いつも、私がこういう反応してたのに……今度は、私が、セレナを照れさせる側になったんだ)
寮の部屋に、温かく、ちょっとくすぐったい空気が流れていった。




